【企業分析】アパレル・靴小売5社のROIC比較とビジネスモデルの考察
企業の「稼ぐ力」を測る指標として、ROIC(投下資本利益率)の重要性が高まっています。特に在庫ビジネスであるアパレル・小売業界においては、単なる利益額だけでなく、「投下した資本(在庫や店舗設備)をどれだけ効率的に回転させているか」が経営の質を左右します。
本記事では、注目されるアパレル・靴小売企業5社(ダブルエー、yutori、ABCマート、ファーストリテイリング、パルグループ)について、ROICツリーを用いた分解を行い、各社のビジネスモデルの構造的な違いを考察します。
分析の視点:ROICの構成要素
本分析では、ROICを以下の2つの要素に分解して比較します。
【計算式】
ROIC = 税引後営業利益率(稼ぐ力) × 投下資本回転率(回す力)
- 利益率: 売上に対してどれだけ利益を残せるか(ブランド力、原価コントロール力)
- 回転率: 資産(主に在庫)をどれだけ速く売上に変えられるか(販売効率、在庫管理力)
1. 回転率重視のビジネスモデル
高い資本回転率(Asset Turnover)によってROICを高めているのが以下の2社です。
株式会社yutori (5892)
- ROIC: 約 12.3%
- 特徴: 高回転・高レバレッジ型
分析:
同社の最大の特徴は、2.19回という極めて高い投下資本回転率です。SNSマーケティングを活用したドロップ形式の販売等により、在庫滞留期間を短縮しています。
財務面では、借入金を活用したM&Aによる規模拡大を進めており、自己資本比率は低めです。アセットを最小限に抑えつつ、レバレッジを効かせて高い資本効率を実現する「アセットライト志向」の経営と言えます。
株式会社ダブルエー (7683)
- ROIC: 約 9.7%
- 特徴: 管理主導・高資本比率型
分析:
婦人靴「ORiental TRaffic」を展開。回転率は1.90回と、yutoriに次ぐ高水準です。
同社はAIを活用した需要予測と在庫コントロールに注力しており、欠品と過剰在庫の抑制をシステム的に行っています。yutoriとは対照的に有利子負債への依存度は低く、厚い自己資本を持ちながらも、高い回転率によって効率性を維持している点が特徴です。
2. 利益率重視のビジネスモデル
回転率は標準的ですが、圧倒的な利益率(Profit Margin)によって高いROICを維持しているのが以下の企業です。
株式会社エービーシー・マート (2670)
- ROIC: 約 11.8%
- 特徴: 店舗資産型・高収益モデル
分析:
回転率は1.01回と、他社と比較すると低水準です。これは全国に豊富な在庫を持つ店舗網を展開しているため、投下資本(分母)が大きくなりやすいためです。
しかし、営業利益率は約16.8%と業界トップクラスの水準にあります。ナショナルブランドの限定商品や、利益率の高いプライベートブランド(PB)商品の構成比が高く、値引き販売を抑制できていることが高ROICの主要因です。
3. バランス・規模の両立モデル
利益率と回転率の双方を高水準で維持している企業です。
株式会社ファーストリテイリング (9983)
- ROIC: 約 15.6%
- 特徴: 規模の経済 × サプライチェーン効率化
分析:
ユニクロ・GUを展開。ABCマート同等の高い営業利益率(16.1%)を確保しつつ、回転率も1.44回と高水準です。
一般的に企業規模が拡大すると回転率は低下する傾向にありますが、同社はRFIDタグの全品導入や物流自動化により、規模の拡大と効率化を並行して進めています。SPA(製造小売業)として完成された数値と言えます。
株式会社パルグループホールディングス (2726)
- ROIC: 約 14.5%
- 特徴: 事業ポートフォリオによる補完
分析:
3COINS(雑貨)とアパレル事業を展開。特筆すべきは2.01回という回転率の高さです。
商品サイクルの早い雑貨事業が回転率を牽引し、EC比率の高いアパレル事業が利益率を補完するという構造になっています。性質の異なる2つの事業を組み合わせることで、高い資本効率を実現しています。
比較・まとめ
今回分析した5社のROIC構成要素を整理します。
| 企業名 | ROIC (目安) | 利益率 | 回転率 | 主なドライバー |
| ファーストリテイリング | 15.6% | 高 | 中高 | 規模×効率化の同時実現 |
| パルグループ | 14.5% | 中 | 高 | 雑貨の高回転とECの利益 |
| yutori | 12.3% | 中 | 超高 | SNS活用による在庫極小化 |
| ABCマート | 11.8% | 超高 | 低 | PB商品とブランド力による利益 |
| ダブルエー | 9.7% | 低中 | 高 | データ管理による在庫適正化 |
考察
ROICという単一の指標で見れば各社とも優秀な水準(日本企業平均5%〜6%と比較して)にありますが、その達成プロセスは大きく異なります。
- 回転率アプローチ: yutori、パルグループ、ダブルエー
- 利益率アプローチ: ABCマート
- 総合力アプローチ: ファーストリテイリング
投資検討や競合分析においては、単にROICの数値の大小を見るだけでなく、「その数値が何によって構成されているか(マージンか、回転か)」を確認することで、企業の戦略やリスク特性をより深く理解することができます。