株価という「ブラックボックス」を解析する。簡易DCF思考

株価という「ブラックボックス」を解析する。簡易DCF思考

「なぜ信越化学はPER18倍で、レーザーテックは40倍なのか?」 「今のこの株価は、一体どれだけの未来を『先食い』しているのか?」

夜、静まり返った部屋でモニターに並ぶ数字の羅列を眺めていると、ふと、自分が霧の中にいるような心許なさを覚えることがあります。

PERやPBRといった指標は確かに便利です。しかし、これらはあくまで、ある瞬間のスナップショットに過ぎません。企業の成長という、時間の経過と共に変化する「動的なエネルギー」を捉えるには、どうしても解像度が粗いのです。

そんな時、私が自分の正気を保つために立ち返るのが、「簡易DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)」です。

名前こそ仰々しいですが、やることはシンプル。企業の「未来の稼ぎ」を現在の価値に引き直すシミュレーションです。このロジックを回すと、株価というブラックボックスの中身が、驚くほどクリアに――時に残酷なほど鮮明に――見えてきます。

今日は、私が普段行っているこの思考プロセスを共有します。これは正解を導くための講義ではなく、私の頭の中の整理整頓、いわばデフラグ作業のログだと思ってください。

「金のなる木」の仕様を定義する

難しい数式を持ち出すのは私の趣味ではありませんし、変数が多すぎる複雑な計算は、かえって投資判断における「バグ」の温床になります。 私がやりたいのは、要するに「金のなる木」の適正価格を自分の腹に落とす作業です。

ここに2種類の木(システム)があると仮定しましょう。

  • 木A(信越化学タイプ): 毎年確実に100万円の実がなる。スケーラビリティ(拡張性)は緩やかだが、システム基盤が堅牢で、ダウンする気配がない。
  • 木B(レーザーテックタイプ): 今は10万円しか実がならない。だが、来年は20万、再来年は40万……と、指数関数的に処理能力が増える(かもしれない)。

直感だけで値付けをすると、「Aは1,000万円か?」「Bは夢があるから5,000万円でも安いか?」と、どうしてもその時の気分や市場の空気に流されます。 これを感情ではなく、規律あるロジックで計算機に弾かせるのがDCF法です。

構造は極めてシンプル。 企業価値 = (向こう5〜10年で稼ぐ現金の合計) + (今持っている現金) ※ただし、遠い未来のお金ほど不確実なので、「割引率(リスク)」という係数で割り引いて計算する。

エンジニアの性分として、「単純であるほど堅牢である」と考えています。これくらい簡素化したモデルで十分、というのが私の持論です。

2つの銘柄で見える「景色の違い」

では、実際にこのツールを回した時、私にはどう見えているのか。 重要なのは数字そのものではなく、「計算結果と実際の株価のズレ(Error)」です。ここにこそ、市場の心理が透けて見えます。

まずは、信越化学工業 (4063)。 世界シェアNo.1の素材メーカーであり、財務は鉄壁。私にとっての「木A」です。 成長率を年率+4%(安定稼働)、割引率は7%(バグ発生率低め)というシナリオで計算機を叩きます。

弾き出した理論株価は、約4,400円。 対して実際の株価は、4,500円前後(※執筆時点)。

ほぼ一致していますね。 ここから読み取れるのは、市場の「冷静さ」です。「魔法のような急成長は期待していないが、今の不況を織り込んだ上で、スペック通りの評価をしている」というメッセージが聞こえてきます。 割安というわけではありません。しかし、ここにはバブルがない。私が長期保有の基盤としてポートフォリオに組み込む際、この「納得感」は非常に重要です。夜、システムアラートに怯えず眠れる銘柄とはこういうものでしょう。

一方、レーザーテック (6920) はどう映るか。 こちらは世界シェア100%の検査装置を持つ、AI相場のど真ん中。「木B」の代表格です。 成長率は年率+20%(驚異的な高成長)、割引率は9%(ボラティリティを加味してリスク重め)と、かなり強気なパラメーターを設定してみます。

弾き出した理論株価は、約15,000円。 しかし実際の株価は、22,000円前後

私の計算機が弾き出した数字より、30%以上も高い値がついています。

誤解しないでいただきたいのは、「だからレーザーテックは暴落する」と言いたいわけではない、ということです。 ただ、市場はこの銘柄に対し、年率20%程度の成長では満足していないという事実が浮かび上がります。「年率30%〜40%の成長が、向こう5年以上続く」という、とてつもないストーリーを現在の株価に織り込んでいるのです。

私にとって、これは投資というより、その超・高成長シナリオに対する「ベット(賭け)」に近い。 もし成長率が20%に”鈍化”しただけで、株価は期待剥落により調整を余儀なくされるでしょう。その再現性の低いリスクを負ってまで参加するか? 私の「能力の輪」と相談した結果、答えはNoです。

「逆算」こそが真骨頂

このように、私がDCF法を使うのは、正確な株価を予言するためではありません。 「今の株価をつけている市場参加者が、何を考えているか」を逆算(リバースエンジニアリング)するために使っています。

信越化学の株価は、投資家の「納得」で構成されている。 レーザーテックの株価は、投資家の「熱狂」で構成されている。

この構造が見えれば、あとは自分のスタンスを決めるだけです。 自分の計算結果より株価が安ければ、「市場がバグっている(チャンス)」かもしれない。逆に高ければ、「市場が仕様外の期待をしている(リスク)」かもしれない。

数字は嘘をつきませんが、数字を扱う人間は感情で動きます。

「この会社、今後5年でどれくらい稼ぐだろうか?」 そう想像しながら電卓を叩く時間は、市場の喧騒から離れ、自分自身の規律を取り戻すための儀式のようなものなのかもしれません。

J-REITの出口戦略。私が「まだ売らない」と決めた、単純すぎる2つの根拠

J-REITの出口戦略。私が「まだ売らない」と決めた、単純すぎる2つの根拠

ポートフォリオの6割が「不動産(J-REIT)」で埋まっている現状は、正直に言えば居心地が悪いものです。

前回の記事でも触れましたが、私の本音としては、とっととこの偏りを是正し、次の資金循環——テック株や素材産業——へ駒を進めたい。エンジニアとしての本能が、これからの技術革新へベットしろと囁くからです。

しかし、市場は私の「飽き」や「焦り」とは無関係に動きます。

感情で売買ボタンを押すのは、投資ではなくただの消費です。規律ある投資家でありたいなら、売却のトリガーは常に冷徹な数値で引かねばなりません。

では、どの数値を見るか。

私はプロのファンドマネージャーではありません。個別のオフィスビルの空室率や、テナントの契約更改の機微まで読み解くのは、私の「能力の輪」の外側にある行為です。それを無理してやろうとすると、解像度の低い情報を信じ込む「知ったかぶり」のリスクを負うことになる。

だから私は、あえて変数を絞ります。

私がJ-REITの売り時を判断するために監視しているのは、誰もが確認できる、けれど多くの人が軽視しがちな「2つの指標」だけです。


私が設定している「撤退の閾値」

複雑なモデルを組めない私が、唯一の規律として定点観測しているのが以下の2点です。教科書的な定義よりも、私の「生活実感」としての解釈を添えておきます。

1. イールドスプレッド(利回り差)

計算式: J-REIT分配金利回り - 10年国債利回り

要は「リスクを取る対価として、国債よりどれだけ多く貰えるか」という指標です。

REITは価格変動リスクがある商品です。元本保証の国債と利回りが変わらないなら、わざわざREITを持つ合理性はありません。この差(スプレッド)が縮小するということは、私の感覚で言えば「夜ぐっすり眠るためのコスト」が払われていない状態です。

【私の規律】

  • 3.0%以上: リスクに対する「手当」は十分。保有継続。
  • 2.5%以下: リスクに見合わない。割高と判断し、機械的に売却検討。

2. NAV倍率(純資産倍率)

計算式: 株価 ÷ 1口当たり純資産額

保有している不動産を今すぐ売り払って借金を返した時、手元に残る現金(解散価値)に対して、今の株価が何倍かを示す数字です。

スーパーで1,000円の肉が900円で売られていれば「買い」だし、1,200円なら「プレミアムがついている」と判断する。それだけの話です。

【私の規律】

  • 1.0倍割れ: 明確なバーゲン(不動産価値以下)。売る理由なし。
  • 1.0倍〜1.1倍: フェアバリュー(適正)。
  • 1.1倍以上: 加熱気味。人気投票の様相を呈しているので警戒。

実践判定:今、ボタンを押すべきか

では、2025年11月の数値を、私の主力2銘柄に当てはめてみましょう。「売りたい」という私の感情を、数字はどうジャッジするか。

① 【インデックス】NF J-REIT(1343)

市場全体(東証REIT指数)の平均値です。

指標現在の数値(概算)私の判定
分配金利回り4.25%
10年国債利回り1.10%
イールドスプレッド3.15%保有継続(2.5%までのマージンあり)
NAV倍率0.93倍保有継続(解散価値割れ)

【結論】

全く売る段階にありません。

スプレッドは3.15%もあり、NAV倍率はまさかの1倍割れ。市場は不動産の価値を過小評価しています。これを売るというのは、1,000円札が入った財布を930円で他人に譲るようなものです。退屈ですが、ホールド一択です。

② 【個別株】ジャパン・ホテル・リート(8985)

インバウンド需要で話題のホテル特化型です。こちらは感情的には「そろそろ利益確定したい」という誘惑に駆られやすい銘柄です。

指標現在の数値(概算)私の判定
分配金利回り4.60%
イールドスプレッド3.50%保有継続(十分なリスクプレミアム)
NAV倍率1.02倍保有継続(加熱感なし)

【結論】

こちらも、数字は「NO」と言っています。

NAV倍率は1.02倍。インデックスよりは評価されていますが、ホテル系REITは好況時にプレミアム(NAV 1.1〜1.3倍)が乗るのが常です。今のインバウンドの活況を考えれば、1.02倍はまだ「平熱」の範囲内。

何より、国債に対して3.5%もの上乗せ金利が得られている現状で手放すのは、投資効率の観点から見て悪手です。


思考の整理

複雑なことを考えようとせず、この2つの定規だけを当てた結果、結論は明白でした。

「まだ、席を立つ時間ではない」

市場全体(NF J-REIT)はバーゲン状態であり、個別株(ジャパン・ホテル・リート)にも熱狂ごとき過熱感はありません。「とてつもないチャンス」ではありませんが、少なくとも今売れば、それは「論理」ではなく「気まぐれ」による売買になってしまいます。

私はテック株へ行きたい。新しいセクターへ資金を移したい。

けれど、私の定めた規律が「待て」と言っている以上、それに従うのがエンジニアであり投資家としての私です。

スプレッドが2.5%を切るか、NAVが不合理なほど高騰するその時まで、配当という名の「待ち賃」を受け取りながら、もう少しこの退屈な不動産ポジションと付き合うことにします。

レバレッジという「劇薬」を、私のポートフォリオに入れない理由。効率性よりも優先した「ノイズキャンセリング」

レバレッジという「劇薬」を、私のポートフォリオに入れない理由。効率性よりも優先した「ノイズキャンセリング」

「盤石なキャッシュフローを持つ優良企業になら、レバレッジ(借金)を掛けて勝負したほうが、資産形成の速度は劇的に上がるのではないか?」

投資に慣れ、相場の動きがなんとなく読めるようになってきた頃、誰もが一度はこの「悪魔の囁き」を耳にするはずです。 Excelでシミュレーションを回せば、確かにその通りになる。エンジニアとして数字をいじくり回すのが好きな私も、かつてはその複利曲線の美しさに魅了され、心が揺らいだ時期がありました。

しかし、現在の私は頑なに「現物のみ」という、一見すると非効率で臆病なスタイルを貫いています。

それは単に「借金は怖い」という感情論ではありません。「レバレッジという道具の物理的性質」と、私が志向する「長期投資の本質」が、致命的に噛み合わないと理解してしまったからです。 今回は、私がなぜ「魔法の杖」を使わずに、地味な現物の道を歩むのか。その消去法のプロセスを書き残しておきます。


1. 「薄い利ざや」を拡大するか、「太い果実」を待つか

そもそも、レバレッジとは何のために存在する道具なのでしょうか。これは本質的に「短期的なサヤ取り(アービトラージ)のための増幅装置」だと私は定義しています。

例えば、FXの金利差(スワップポイント)狙いや、株主優待のクロス取引(現物買い・信用売り)などが良い例です。「リスクが極限まで低く、利幅は薄いが確実に勝てる」という歪みが市場にある時、資金を借り入れてその薄い利益を何倍にも膨らませる。これこそがレバレッジの正しい使い方であり、真価でしょう。

私も、もし市場に「落ちているお金」を拾うような明確な歪み(フリーランチ)があり、それを瞬時に拾える環境にいるなら、迷わずレバレッジを使います。

しかし、私が主戦場としているのは、そういう「短期の隙」を突くゲームではありません。企業の成長や価値の修正を数年単位で待つ、気の長いゲームです。 0.1秒を争うF1マシンのターボエンジン(レバレッジ)を、のんびり走るトラクター(長期投資)に積んでも、オーバーヒートするか、燃料代で破産するのが落ちです。道具の用途が違うのです。

2. 「時間」を敵に回すという矛盾

私が実践しているバリュー投資(割安株投資)は、一種の「農耕」です。 本質的価値より安く放置された株という「種」を仕込み、市場がその価値に気づいて価格が適正に戻るまで、ひたすら待つ。その「実りの時期」は、明日かもしれないし、5年後かもしれない。

この不確実な時間軸に対して、レバレッジを持ち込むとどうなるか。致命的な「構造的矛盾」が発生します。

  • 現物(自己資本): 期限がありません。「株価が戻るまで、どっしりと待つ」という「時間の自由」を私が持てます。
  • レバレッジ(他人資本): 金利コスト、返済期限、そして証拠金維持率という「時間の制約」が発生します。

じっくり腰を据えて待つことが最大の優位性であるはずの投資法に、「早く結果を出さないと死ぬ(金利負けやロスカット)」という時限爆弾を抱え込む。 これは、自ら「時間」という最強の味方を敵に回す行為に他なりません。 私は、相場の変動に加えて「期日」にまで気を揉むような、解像度の低い精神状態で投資をしたくないのです。

3. 暴落時の「景色」が全く違う

そして何より、レバレッジを避ける最大の理由は「暴落時の振る舞い」にあります。

長期投資家にとって、暴落は恐怖の対象ではなく、本来は「祝祭」であるはずです。優良株が二束三文で投げ売りされる、数年に一度の最大の買い場だからです。

しかし、レバレッジをかけていると、この景色が一変します。 市場がパニックになり、株価が急落した時、レバレッジ投資家は「買い向かう」どころではありません。証拠金の維持に追われ、最悪の場合、セリングクライマックスの底値で強制的に売らされる(退場させられる)側に回ります。

一方で、現物投資家はどうでしょうか。 手元の現金(キャッシュ)という切り札を握りしめ、パニックに陥った人々が投げ捨てた株を、悠々と拾い集めることができます。 「他人が貪欲な時に恐れ、他人が恐れている時に貪欲であれ」というバフェットの言葉を実践するには、ポートフォリオの耐久性が不可欠です。

私は、暴落時に「祈る側」ではなく「買う側」にいたい。 その特権を維持するためのコストとして、平時のレバレッジ効果を捨てていると言ってもいいでしょう。


結論:私の手に馴染むのは「鈍器」だった

レバレッジを駆使し、徹底したリスク管理で短期資産を築くトレーダーの方々を否定するつもりはありません。その「規律」と「瞬発力」には、心からの敬意を表します。

ただ、私という人間のOSには、そのスタイルはインストールできませんでした。 私は「スピード」よりも「確実性」を、「瞬発力」よりも「永続性」を選びたい。 市場のノイズや金利変動に急かされることなく、自分の美学で意思決定を行い、夜はぐっすりと眠りたい。

そう考えた時、私の手に馴染む武器は、鋭利で扱いづらい「レバレッジ」ではなく、無骨で頑丈な「現物」でした。 これは投資効率の正解・不正解の話ではなく、結局のところ「どういう状態で市場に居続けたいか」という、生き方の好みの話なのだと思います。

「完璧なモデル」の不在証明。私たちが市場に差し出している「代償」について

「完璧なモデル」の不在証明。私たちが市場に差し出している「代償」について

DCF法でキャッシュフローを割り引き、競合優位性を因数分解し、理論株価を算出する。

エンジニアとしての私は、こうした「解のある問い」を解くプロセスを愛しています。数字は嘘をつかないし、ロジックは裏切らない——そう信じたいからです。

しかし、投資家としての私は、その作業の途中でふと手を止め、冷めたコーヒーを啜りながら、ある種の虚無感と向き合うことになります。

「このモデルは完璧ではないし、これからも完璧にはなり得ない」

当たり前の話ですが、もし市場に「リスクゼロで、確実に、市場平均を上回る数式」が存在するなら、世界中のアルゴリズムが瞬時にそれに飛びつき、その歪み(超過リターン)はナノ秒で消滅しているはずです。

私たちが市場に参加できているのは、プロを含めた全員が「未来など誰にも分からない」という前提で、暗闇の中を手探りしているからです。

私たちが投資判断を下すとき、そこで行われているのは「正解探し」ではありません。

「こちらを立てればあちらが立たぬ」というトレードオフの中で、「何を諦め、その代償として何を得ようとしているか」という、等価交換の選択なのです。


私たちのポートフォリオは「何を捨てた」結果なのか

私が普段、無意識に行っている「投資スタイルの選択」を、改めて「コスト(支払う代償)」の観点から整理してみました。

得られるリターンばかりに目が向きがちですが、重要なのは「そのリターンを得るために、自分は何を犠牲にしているか」を自覚することです。

投資スタイル私たちが賭けているもの(メリット)市場に差し出している代償(コスト)
インデックス投資市場平均という「解」、手間いらずの効率性、再現性「知的な主体性」の放棄
退屈さと、思考停止する自分への虚無感。
バリュー株投資
(私の主戦場)
安全域(マージン)、論理的な割安感、資本の安定「時間」の不確実性
いつ評価されるか分からない焦燥感と、資金拘束(機会損失)。
グロース株投資
(例:レーザーテック等)
爆発的な資産拡大、時代のテーマに乗る高揚感「安全」の放棄
高い期待値に織り込まれた、綱渡りのようなボラティリティ。
複合企業・素材
(例:信越化学等)
不況への耐性、強固な財務基盤「純度」の希釈
多角化ゆえに、特定の事業が爆発しても株価への寄与が薄まるもどかしさ。

こうして見ると、どのスタイルも「何かを強烈に我慢する」ことで成り立っているのが分かります。


不確実性という「バグ」との付き合い方

頭では分かっていても、この「代償」を支払い続けるのは精神的コストがかかります。私自身、どのようにこのトレードオフと折り合いをつけているか、現在のスタンスを言語化しておきます。

1. インデックスの「冷徹な正解」に対する処方箋

S&P500やオルカンを買えば、数学的にはそれが最適解に近いことは分かっています。しかし、エンジニアの性分として、ブラックボックスにお金を投げ込むだけの行為には「魂」が震えません。「ただの作業」になった瞬間、投資への関心すら失いかねない。

だから私は、**「コア(インデックス)で合格点を取り、サテライト(個別株)で知的好奇心を満たす」**という二重構造を採用しています。

資産の大半をインデックスという「退屈な正解」に委ねることで経済的合理性を担保しつつ、残りの資金で自分の仮説を検証する。これは、私の精神衛生を保つための必要経費だと割り切っています。

2. バリュー株の「永遠に評価されないかもしれない恐怖」

私が好む中小型の割安株は、プロすら見向きもしないことがあります。「いつ株価が上がるか」という時間軸の変数は、私のコントロール外です。ここを予測しようとすると、外れた時のストレスで眠れなくなります。

そのため、私は「いつか」を諦め、「今」に集中することにしました。

株価(他人の評価)は無視し、その企業が毎年生み出すキャッシュフローや、積み上がる純資産、そして配当金(実利)だけを見る。

「市場が私の持ち株の価値に気づくのに5年かかるなら、その間の5年分の配当とBPS成長を貰っておこう」。そう考えることで、「待つ時間」を「利益確定の時間」へと脳内で変換しています。


結局、私たちは「どの苦痛」を選ぶか

投資に「聖杯」はありません。

あるのは、「この欠点なら、私の性格的に許容できる」という相性の問題だけです。

  • 全てを効率性に委ねて、「退屈」を引き受けるか(インデックス)。
  • 自分の論理を信じて、「孤独」と「時間の不確実性」を引き受けるか(個別株)。

どちらが優れているかという議論は無意味です。重要なのは、自分が選んだ道に落ちている「石ころ(デメリット)」を、最初から「あって当然のもの」として認識できているかどうか。

私は、市場の非効率性を信じ、自分で企業価値を測る泥臭い作業を選びました。「いつ報われるか分からない」というコストを払ってでも、自分の頭で考えた仮説が事実に変わる瞬間のカタルシスに賭けたいからです。

私たちはプロと同じ未来予測能力を持つことはできません。

しかし、「どこにリスクと時間を捧げるか」という意思決定においてのみ、私たちは市場に対して主導権を握ることができるのです。

【現地現物】ダブルエー(7683):40代男性が、妻を連れて婦人靴店へ。決算書に「手触り」を感じた日

【現地現物】ダブルエー(7683):40代男性が、妻を連れて婦人靴店へ。決算書に「手触り」を感じた日

ポートフォリオに組み込んでいる「ダブルエー(7683)」。 婦人靴ブランド「ORiental TRaffic」を展開する高収益企業ですが、正直に告白すれば、私にはひとつの懸念がありました。

「私は40代の男性であり、婦人靴の良し悪しなど1ミリも理解できない」

バフェットの言う「能力の輪」に照らし合わせれば、本来は手を出すべきではない領域です。しかし、財務諸表の美しさとビジネスモデルの合理性が、エンジニアとしての私を強く惹きつける。 この「数字上の惚れ込み」と「実感の欠如」のギャップを埋めるには、現場に行くしかありません。

というわけで日曜日の午後、妻を「視察のセンサー役」として連れ出し、ショッピングモールの実店舗へ足を運びました。 そこで私が見たのは、決算書の高い利益率を裏付ける、極めて物理的で冷徹な「仕組み」でした。


「売る」ためのアルゴリズムが、店舗という形をしている

現場に立って最初に感じたのは、店舗というよりも「高効率な販売装置」としての完成度です。

1. ミニマリズムという名のコスト削減

日曜の繁忙帯にもかかわらず、店員さんは実質1名(奥にもう1名いた気配はありましたが、フロアはほぼワンオペ)。 そして、店舗面積が異様に狭い。

これはネガティブな意味ではありません。無駄なスペースが一切ないのです。 家賃という固定費を極限まで削り、少人数で回せるオペレーションを組む。 エンジニア的に言えば、「リソース(床・人)の使用率を極限まで高めた設計」です。このローコスト体質こそが、あの高い営業利益率の源泉なのだと、肌感覚で理解しました。

2. ABCマートへのアンチテーゼ

興味深かったのは、同じモール内にある靴小売の巨人「ABCマート」との対比です。

  • ABCマート: 壁一面に数千種類の靴。圧倒的な「検索量」で勝負するGoogleのような全方位戦略。
  • ORiental TRaffic: 店頭のモデルは30種類ほど。「これだけ見てください」という提案型。

種類は少ないが、サイズ在庫は完璧に揃っている。 これは、同社が強みとする「需要予測AI」が現場レベルで機能している証拠でしょう。「売れるものだけを置く」という選択と集中が、在庫リスクを物理的に排除しています。

3. 客単価をハックする「2足買い」の魔法

そして、私が最も唸ったのが価格戦略のUI(ユーザーインターフェース)です。

基本ラインは1足8,000円前後。しかし、店員さんは必ずこう囁きます。 「2足まとめて買うと、12,000円になりますよ」

これを聞いた瞬間、多くの客の脳内で「1足で買うのは損だ」という回路が働きます。 結果、客単価は一瞬で1.5倍に跳ね上がる。 単価が低いという商材の弱点を、このシンプルなバンドル販売のアルゴリズムで解決している。非常にスマートな設計です。


「分からない」を「他人の感覚」で補完する

さて、肝心の商品力です。 どれだけ仕組みが良くても、モノが悪ければ持続可能性(サステナビリティ)はありません。しかし、前述の通り私には婦人靴のクオリティを判定する能力がない。

ここで、連れてきた妻(センサー)の出番です。 商品を手に取った彼女の感想はシンプルでした。

「全然安っぽくないよ。デザインもしっかりしてるし、この値段なら普段使いにちょうどいい」

男性の私から見ても、素材の質感や縫製にチープな「量産品感」はありませんでした。 SPA(製造小売)モデルで企画から製造まで管理することで、価格以上の価値(バリュー)を出せている。妻の言葉で、ようやく私の頭の中で「財務数値」と「商品価値」がリンクしました。


投資判断:保有継続、ただし「誘惑」は断ち切る

今回の視察で、ダブルエーという企業の解像度は劇的に上がりました。 モニター上の数字だけだったものが、質量を持った「実体」として腹落ちした感覚です。自信を持って「ガチホ(長期保有)」を継続します。 (ちなみに、株主優待で靴が1足貰えるので、それは今回の視察報酬として妻に献上する予定です)

余談ですが、規律の話を一つ。 同じモールにあった「3COINS(パルグループ)」も視察しましたが、こちらも素晴らしい活気と商品力でした。喉から手が出るほど買いたい銘柄です。

しかし、私のポートフォリオは既に小売セクターの比率が高まっています。 ここでパルグループを追加すれば、特定のセクターリスクに資産を晒しすぎることになる。

「良い会社だと分かっているが、規律のために見送る」

この苦渋の決断ができるかどうかも、知的で規律ある投資家であり続けるための試金石なのだと、自分に言い聞かせて店を後にしました。