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カテゴリー: 投資方針

eBASE(3835):ジリ安を見て思う。バリュー株投資の真の敵は「暴落」ではなく「退屈」と「金欠」

eBASE(3835):ジリ安を見て思う。バリュー株投資の真の敵は「暴落」ではなく「退屈」と「金欠」

ポートフォリオの片隅で、ここ最近、サイレントに株価を落としている銘柄があります。 食品業界のデータベースで圧倒的シェアを持つ、eBASE(3835)です。

コンプライアンス上のインシデントがあったわけでもありません。それなのに、毎日薄い出来高の中で売りが優勢になり、株価はじわじわと下値を切り下げています。

この値動きをモニターしていても、恐怖でパニック売りが出ているような切迫感は感じられません。 10月の決算で下方修正しているのですが、来年も売上を回復させることができない、さらなるリスク方向の織り込みなのか。これに関しては、売られることに関して機関投資家が少なく個人投資家が多い特性と関係している可能性を想像しています。

外部要因(悪材料)がないとすれば、原因は内部要因(投資家の心理や懐事情)にあると考えるのが自然です。 私がこのチャートから読み取れる仮説はただ一つ。画面の向こうにいる投資家たちは、「退屈」と「金欠」という、相場の構造的な仕様に耐えられなくなっているのではないか、ということです。

1. 「隣の芝生」を買うためのリソースがない

今の相場を見渡せば、AIだ、半導体だと、毎日派手に動く銘柄が溢れています。 私も「今すぐエントリーしたい銘柄リスト」がずらりと並んでいます。信越化学、リクルート、味の素……どれも美しいビジネスモデルを持つ企業です。

しかし、ここで冷徹な現実が立ちはだかります。 「金欠」という、ハードウェアスペックによる制約です。

もし資金が無限にあれば、eBASEを持ったまま、他の銘柄も買い増せばいいだけの話です。 しかし、サラリーマン投資家の入金力には明確な限界があります。 新しいスター銘柄をポートフォリオに組み込むためには、手元の何かを売らなければなりません。

「この動かないeBASEを現金化して、あっちの輝いている株を買いたい」

「あっちのは今買わないともう買えない絶好の好機が来ている」

今、eBASEが売られている背景には、こうした資金移動(乗り換え)のニーズがあるのだと推測します。 その結果、地味なバリュー株は、買い手が不在のまま、しびれを切らした換金売りによって「正当な評価額」よりも遥かに低い位置を這うことになるのでしょう。機関投資家が入ってこられない個人の株主で構成される流動性の低い株であればあるほどこの傾向は強まりそうです。

2. 「動けない」ことは、最強のセキュリティになる

では、無理をしてでも資金を捻出し、銘柄数を増やして分散すべきでしょうか? ここで、ウォーレン・バフェットを思い出します。

「株式市場とは、活動的な人から、忍耐強い人へ、お金が移動する場所である」

バフェットは、頻繁に売買すること(活動的であること)を戒め、じっと待つことの重要性を説いています。

「金欠だから、動けない」。 これは一見ネガティブですが、「無駄な操作を強制的にロックする」という、極めて強力な安全装置が働いているとも言えます。

現在、私のポートフォリオはJ-REITを含めて8銘柄ほど。 兼業投資家が詳細まで決算を追いかけられるのは、せいぜい10銘柄程度が限界です。 「金欠で買えない」という制約は、ポートフォリオを無秩序に広げず、「本当に自信のある銘柄を厳選し続ける」ためのフィルターとして機能しているのです。

3. 「退屈」はバグではなく、仕様である

結局のところ、今の私たちにできることは、この状況を「そういうハードウェアスペック」として割り切ることだけです。

欲しい株はあるが、金欠で買えない。 手持ちの株は地味だが、売る理由(業績悪化)もない。 だから、動かない。

この「アイドリング時間」は、投資家にとって最も苦しい時間の一つです。 しかし、バフェットでさえ、何年も株を買わずに現金を積み上げ、じっと好機を待つ時期がありました。

「今は、バックグラウンドで時間を味方につける時期なのだ」

そう定義して、画面を閉じます。 ジリジリ下がる株価というノイズに一喜一憂せず、「金欠だからこそ、余計なエラーを起こさずに済んでいる」と前向きに捉えるしかありません。

退屈と歓喜の「コントラスト」を楽しむ

おそらく、次の決算発表という大きな「答え合わせ」の日が来るまで、株価は何も語らないでしょう。 この沈黙の期間は、確かに辛抱を要します。

しかし、もし相場が毎日上昇し続け、苦痛なく利益(ドーパミン)だけが得られるゲームだとしたら、それは本当に面白いのでしょうか? ずっと甘いだけのケーキがすぐに飽きられるように、「退屈な停滞期」と「正当に評価される瞬間」のミクスチャー(混合)があってこそ、投資の喜びは最大化されるはずです。というもっともらしいコトを自問して更に気を紛らわせます。

これは、投資家として次に進むために、どうしても通らなければならない「正規のルート」なのですから。

リクルート(6098):「完成されたシステム」への違和感。小型不人気株を探す合理的理由

リクルート(6098):「完成されたシステム」への違和感。小型不人気株を探す合理的理由

前の記事では、リクルートホールディングスという巨大企業の構造を分解しました。 結論から申し上げれば、あの企業は「非の打ち所がない」という評価に尽きます。現在の株価水準も、決して割高ではないという試算が出ました。

しかし、私の熱量はそこで底をつきました。 投資家としての「無力感」を覚えてしまったからです。

本日は、リクルートという銘柄をベンチマークに、私が市場に対して抱くスタンスと、あえて茨の道である小型不人気株を選ぶ「工学的な理由」について整理します。

1. 「最適化」されすぎた世界での虚無感

リクルートのような超大型株は、いわば「完成されたシステム」です。 好決算も、新サービスのリリースも、世界中の機関投資家とAIが瞬時に解析し、株価に織り込んでいきます。情報の遅延はほぼゼロに近い。

私が今さら分析をして「買いだ」と判断したところで、それは自分の意思で選んだようでいて、実は巨大なアルゴリズムの一部として処理されているに過ぎないのではないか。 すでに形成された大きなトレンドの中で、私は単なる追随者であり、市場という生態系を回すための交換可能な「養分」に過ぎない。

その感覚が、どうしても拭えませんでした。 完成された美しいシステムには、私が手を加える余地など残されていないのです。

2. ノイズの中に「手触り」を探す

私は、投資においてもう少し「手触り」を求めています。 誰かが敷設した光ファイバーの上を走るのではなく、未開の地にサーバーを立てるような、確かな「主体性」が欲しい。

だからこそ、私は「小型の不人気株」に向き合います。

そこは、機関投資家というメインプレーヤーが参入してこない、リサーチ対象外の領域です。学習データが不足しているため、AIも正確な理論株価を弾き出せない「情報の空白地帯」。解像度が粗い場所とも言えます。

そういったノイズ混じりの場所にこそ、私たち個人投資家の出番があります。 誰にも見向きもされていないけれど、確かに美しいロジックで動いている企業。そこに、自分の頭で考え、リスクというコストを払って資金を投じる。

これは単なるマネーゲームではありません。 資金循環の行き届かない場所にリソースを供給するという、資本市場における「バグ修正(デバッグ)」の一端を担っている感覚。そして、企業価値が見直された時には、初期からの理解者として報われる。

この、企業と個人の間で成立する静かな「Win-Winの関係」こそが、私が投資に求めている設計なのです。

3. 「ロマン」を支える冷徹な勝算

「それは個人の自己満足だろう」という指摘もあるでしょう。 確かにそうです。ですが、私はこれが「経済合理性」にも適う生存戦略だと定義しています。

大型株のような「効率的市場」で、情報量と資金力に勝るプロに勝つのは不可能です。 しかし、小型株のような「非効率な市場」なら話は別です。

機関投資家は、運用資産規模が巨大すぎるゆえに、時価総額の小さい銘柄には物理的に資金を入れられないという「制約」を抱えています。 つまり、ここには構造的な「資金の真空地帯」が存在するのです。

プロが構造上「買えない」フェーズで、先にポジションを構築しておく。 企業が成長し、時価総額というパラメータが大きくなった時、初めてプロたちが買わざるを得なくなる。 その巨大な流動性が後から流入してくるのを待つ。

これが、私が考える「弱者のアービトラージ(裁定取引)」です。 市場の歯車として後から巻き込まれるのではなく、歯車が回り出す前の「最初の入力値」になること。 論理的に考えれば、これほど理にかなったポジションはありません。

不確実性を愛する

もちろん、この戦略が必ず高いリターンに結びつく保証はありません。「万年割安株」として、誰にも発見されないまま終わるリスクも抱えています。再現性は決して高くありません。

それでも私は、すべてがお見通しの世界で養分として生きるより、不確実でも自分の意思で価値を選び取る投資家でありたい。

「主体性」と「合理性」。 この二つを両立させるために、私は今日も、リクルートのような王道ではなく、誰も知らない裏道の銘柄を読み解こうと思います。

さて、四季報のページに戻り、探索を続けるとしましょうか。

株価という「ブラックボックス」を解析する。簡易DCF思考

株価という「ブラックボックス」を解析する。簡易DCF思考

「なぜ信越化学はPER18倍で、レーザーテックは40倍なのか?」 「今のこの株価は、一体どれだけの未来を『先食い』しているのか?」

夜、静まり返った部屋でモニターに並ぶ数字の羅列を眺めていると、ふと、自分が霧の中にいるような心許なさを覚えることがあります。

PERやPBRといった指標は確かに便利です。しかし、これらはあくまで、ある瞬間のスナップショットに過ぎません。企業の成長という、時間の経過と共に変化する「動的なエネルギー」を捉えるには、どうしても解像度が粗いのです。

そんな時、私が自分の正気を保つために立ち返るのが、「簡易DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)」です。

名前こそ仰々しいですが、やることはシンプル。企業の「未来の稼ぎ」を現在の価値に引き直すシミュレーションです。このロジックを回すと、株価というブラックボックスの中身が、驚くほどクリアに――時に残酷なほど鮮明に――見えてきます。

今日は、私が普段行っているこの思考プロセスを共有します。これは正解を導くための講義ではなく、私の頭の中の整理整頓、いわばデフラグ作業のログだと思ってください。

「金のなる木」の仕様を定義する

難しい数式を持ち出すのは私の趣味ではありませんし、変数が多すぎる複雑な計算は、かえって投資判断における「バグ」の温床になります。 私がやりたいのは、要するに「金のなる木」の適正価格を自分の腹に落とす作業です。

ここに2種類の木(システム)があると仮定しましょう。

  • 木A(信越化学タイプ): 毎年確実に100万円の実がなる。スケーラビリティ(拡張性)は緩やかだが、システム基盤が堅牢で、ダウンする気配がない。
  • 木B(レーザーテックタイプ): 今は10万円しか実がならない。だが、来年は20万、再来年は40万……と、指数関数的に処理能力が増える(かもしれない)。

直感だけで値付けをすると、「Aは1,000万円か?」「Bは夢があるから5,000万円でも安いか?」と、どうしてもその時の気分や市場の空気に流されます。 これを感情ではなく、規律あるロジックで計算機に弾かせるのがDCF法です。

構造は極めてシンプル。 企業価値 = (向こう5〜10年で稼ぐ現金の合計) + (今持っている現金) ※ただし、遠い未来のお金ほど不確実なので、「割引率(リスク)」という係数で割り引いて計算する。

エンジニアの性分として、「単純であるほど堅牢である」と考えています。これくらい簡素化したモデルで十分、というのが私の持論です。

2つの銘柄で見える「景色の違い」

では、実際にこのツールを回した時、私にはどう見えているのか。 重要なのは数字そのものではなく、「計算結果と実際の株価のズレ(Error)」です。ここにこそ、市場の心理が透けて見えます。

まずは、信越化学工業 (4063)。 世界シェアNo.1の素材メーカーであり、財務は鉄壁。私にとっての「木A」です。 成長率を年率+4%(安定稼働)、割引率は7%(バグ発生率低め)というシナリオで計算機を叩きます。

弾き出した理論株価は、約4,400円。 対して実際の株価は、4,500円前後(※執筆時点)。

ほぼ一致していますね。 ここから読み取れるのは、市場の「冷静さ」です。「魔法のような急成長は期待していないが、今の不況を織り込んだ上で、スペック通りの評価をしている」というメッセージが聞こえてきます。 割安というわけではありません。しかし、ここにはバブルがない。私が長期保有の基盤としてポートフォリオに組み込む際、この「納得感」は非常に重要です。夜、システムアラートに怯えず眠れる銘柄とはこういうものでしょう。

一方、レーザーテック (6920) はどう映るか。 こちらは世界シェア100%の検査装置を持つ、AI相場のど真ん中。「木B」の代表格です。 成長率は年率+20%(驚異的な高成長)、割引率は9%(ボラティリティを加味してリスク重め)と、かなり強気なパラメーターを設定してみます。

弾き出した理論株価は、約15,000円。 しかし実際の株価は、22,000円前後

私の計算機が弾き出した数字より、30%以上も高い値がついています。

誤解しないでいただきたいのは、「だからレーザーテックは暴落する」と言いたいわけではない、ということです。 ただ、市場はこの銘柄に対し、年率20%程度の成長では満足していないという事実が浮かび上がります。「年率30%〜40%の成長が、向こう5年以上続く」という、とてつもないストーリーを現在の株価に織り込んでいるのです。

私にとって、これは投資というより、その超・高成長シナリオに対する「ベット(賭け)」に近い。 もし成長率が20%に”鈍化”しただけで、株価は期待剥落により調整を余儀なくされるでしょう。その再現性の低いリスクを負ってまで参加するか? 私の「能力の輪」と相談した結果、答えはNoです。

「逆算」こそが真骨頂

このように、私がDCF法を使うのは、正確な株価を予言するためではありません。 「今の株価をつけている市場参加者が、何を考えているか」を逆算(リバースエンジニアリング)するために使っています。

信越化学の株価は、投資家の「納得」で構成されている。 レーザーテックの株価は、投資家の「熱狂」で構成されている。

この構造が見えれば、あとは自分のスタンスを決めるだけです。 自分の計算結果より株価が安ければ、「市場がバグっている(チャンス)」かもしれない。逆に高ければ、「市場が仕様外の期待をしている(リスク)」かもしれない。

数字は嘘をつきませんが、数字を扱う人間は感情で動きます。

「この会社、今後5年でどれくらい稼ぐだろうか?」 そう想像しながら電卓を叩く時間は、市場の喧騒から離れ、自分自身の規律を取り戻すための儀式のようなものなのかもしれません。

レバレッジという「劇薬」を、私のポートフォリオに入れない理由。効率性よりも優先した「ノイズキャンセリング」

レバレッジという「劇薬」を、私のポートフォリオに入れない理由。効率性よりも優先した「ノイズキャンセリング」

「盤石なキャッシュフローを持つ優良企業になら、レバレッジ(借金)を掛けて勝負したほうが、資産形成の速度は劇的に上がるのではないか?」

投資に慣れ、相場の動きがなんとなく読めるようになってきた頃、誰もが一度はこの「悪魔の囁き」を耳にするはずです。 Excelでシミュレーションを回せば、確かにその通りになる。エンジニアとして数字をいじくり回すのが好きな私も、かつてはその複利曲線の美しさに魅了され、心が揺らいだ時期がありました。

しかし、現在の私は頑なに「現物のみ」という、一見すると非効率で臆病なスタイルを貫いています。

それは単に「借金は怖い」という感情論ではありません。「レバレッジという道具の物理的性質」と、私が志向する「長期投資の本質」が、致命的に噛み合わないと理解してしまったからです。 今回は、私がなぜ「魔法の杖」を使わずに、地味な現物の道を歩むのか。その消去法のプロセスを書き残しておきます。


1. 「薄い利ざや」を拡大するか、「太い果実」を待つか

そもそも、レバレッジとは何のために存在する道具なのでしょうか。これは本質的に「短期的なサヤ取り(アービトラージ)のための増幅装置」だと私は定義しています。

例えば、FXの金利差(スワップポイント)狙いや、株主優待のクロス取引(現物買い・信用売り)などが良い例です。「リスクが極限まで低く、利幅は薄いが確実に勝てる」という歪みが市場にある時、資金を借り入れてその薄い利益を何倍にも膨らませる。これこそがレバレッジの正しい使い方であり、真価でしょう。

私も、もし市場に「落ちているお金」を拾うような明確な歪み(フリーランチ)があり、それを瞬時に拾える環境にいるなら、迷わずレバレッジを使います。

しかし、私が主戦場としているのは、そういう「短期の隙」を突くゲームではありません。企業の成長や価値の修正を数年単位で待つ、気の長いゲームです。 0.1秒を争うF1マシンのターボエンジン(レバレッジ)を、のんびり走るトラクター(長期投資)に積んでも、オーバーヒートするか、燃料代で破産するのが落ちです。道具の用途が違うのです。

2. 「時間」を敵に回すという矛盾

私が実践しているバリュー投資(割安株投資)は、一種の「農耕」です。 本質的価値より安く放置された株という「種」を仕込み、市場がその価値に気づいて価格が適正に戻るまで、ひたすら待つ。その「実りの時期」は、明日かもしれないし、5年後かもしれない。

この不確実な時間軸に対して、レバレッジを持ち込むとどうなるか。致命的な「構造的矛盾」が発生します。

  • 現物(自己資本): 期限がありません。「株価が戻るまで、どっしりと待つ」という「時間の自由」を私が持てます。
  • レバレッジ(他人資本): 金利コスト、返済期限、そして証拠金維持率という「時間の制約」が発生します。

じっくり腰を据えて待つことが最大の優位性であるはずの投資法に、「早く結果を出さないと死ぬ(金利負けやロスカット)」という時限爆弾を抱え込む。 これは、自ら「時間」という最強の味方を敵に回す行為に他なりません。 私は、相場の変動に加えて「期日」にまで気を揉むような、解像度の低い精神状態で投資をしたくないのです。

3. 暴落時の「景色」が全く違う

そして何より、レバレッジを避ける最大の理由は「暴落時の振る舞い」にあります。

長期投資家にとって、暴落は恐怖の対象ではなく、本来は「祝祭」であるはずです。優良株が二束三文で投げ売りされる、数年に一度の最大の買い場だからです。

しかし、レバレッジをかけていると、この景色が一変します。 市場がパニックになり、株価が急落した時、レバレッジ投資家は「買い向かう」どころではありません。証拠金の維持に追われ、最悪の場合、セリングクライマックスの底値で強制的に売らされる(退場させられる)側に回ります。

一方で、現物投資家はどうでしょうか。 手元の現金(キャッシュ)という切り札を握りしめ、パニックに陥った人々が投げ捨てた株を、悠々と拾い集めることができます。 「他人が貪欲な時に恐れ、他人が恐れている時に貪欲であれ」というバフェットの言葉を実践するには、ポートフォリオの耐久性が不可欠です。

私は、暴落時に「祈る側」ではなく「買う側」にいたい。 その特権を維持するためのコストとして、平時のレバレッジ効果を捨てていると言ってもいいでしょう。


結論:私の手に馴染むのは「鈍器」だった

レバレッジを駆使し、徹底したリスク管理で短期資産を築くトレーダーの方々を否定するつもりはありません。その「規律」と「瞬発力」には、心からの敬意を表します。

ただ、私という人間のOSには、そのスタイルはインストールできませんでした。 私は「スピード」よりも「確実性」を、「瞬発力」よりも「永続性」を選びたい。 市場のノイズや金利変動に急かされることなく、自分の美学で意思決定を行い、夜はぐっすりと眠りたい。

そう考えた時、私の手に馴染む武器は、鋭利で扱いづらい「レバレッジ」ではなく、無骨で頑丈な「現物」でした。 これは投資効率の正解・不正解の話ではなく、結局のところ「どういう状態で市場に居続けたいか」という、生き方の好みの話なのだと思います。

「完璧なモデル」の不在証明。私たちが市場に差し出している「代償」について

「完璧なモデル」の不在証明。私たちが市場に差し出している「代償」について

DCF法でキャッシュフローを割り引き、競合優位性を因数分解し、理論株価を算出する。

エンジニアとしての私は、こうした「解のある問い」を解くプロセスを愛しています。数字は嘘をつかないし、ロジックは裏切らない——そう信じたいからです。

しかし、投資家としての私は、その作業の途中でふと手を止め、冷めたコーヒーを啜りながら、ある種の虚無感と向き合うことになります。

「このモデルは完璧ではないし、これからも完璧にはなり得ない」

当たり前の話ですが、もし市場に「リスクゼロで、確実に、市場平均を上回る数式」が存在するなら、世界中のアルゴリズムが瞬時にそれに飛びつき、その歪み(超過リターン)はナノ秒で消滅しているはずです。

私たちが市場に参加できているのは、プロを含めた全員が「未来など誰にも分からない」という前提で、暗闇の中を手探りしているからです。

私たちが投資判断を下すとき、そこで行われているのは「正解探し」ではありません。

「こちらを立てればあちらが立たぬ」というトレードオフの中で、「何を諦め、その代償として何を得ようとしているか」という、等価交換の選択なのです。


私たちのポートフォリオは「何を捨てた」結果なのか

私が普段、無意識に行っている「投資スタイルの選択」を、改めて「コスト(支払う代償)」の観点から整理してみました。

得られるリターンばかりに目が向きがちですが、重要なのは「そのリターンを得るために、自分は何を犠牲にしているか」を自覚することです。

投資スタイル私たちが賭けているもの(メリット)市場に差し出している代償(コスト)
インデックス投資市場平均という「解」、手間いらずの効率性、再現性「知的な主体性」の放棄
退屈さと、思考停止する自分への虚無感。
バリュー株投資
(私の主戦場)
安全域(マージン)、論理的な割安感、資本の安定「時間」の不確実性
いつ評価されるか分からない焦燥感と、資金拘束(機会損失)。
グロース株投資
(例:レーザーテック等)
爆発的な資産拡大、時代のテーマに乗る高揚感「安全」の放棄
高い期待値に織り込まれた、綱渡りのようなボラティリティ。
複合企業・素材
(例:信越化学等)
不況への耐性、強固な財務基盤「純度」の希釈
多角化ゆえに、特定の事業が爆発しても株価への寄与が薄まるもどかしさ。

こうして見ると、どのスタイルも「何かを強烈に我慢する」ことで成り立っているのが分かります。


不確実性という「バグ」との付き合い方

頭では分かっていても、この「代償」を支払い続けるのは精神的コストがかかります。私自身、どのようにこのトレードオフと折り合いをつけているか、現在のスタンスを言語化しておきます。

1. インデックスの「冷徹な正解」に対する処方箋

S&P500やオルカンを買えば、数学的にはそれが最適解に近いことは分かっています。しかし、エンジニアの性分として、ブラックボックスにお金を投げ込むだけの行為には「魂」が震えません。「ただの作業」になった瞬間、投資への関心すら失いかねない。

だから私は、**「コア(インデックス)で合格点を取り、サテライト(個別株)で知的好奇心を満たす」**という二重構造を採用しています。

資産の大半をインデックスという「退屈な正解」に委ねることで経済的合理性を担保しつつ、残りの資金で自分の仮説を検証する。これは、私の精神衛生を保つための必要経費だと割り切っています。

2. バリュー株の「永遠に評価されないかもしれない恐怖」

私が好む中小型の割安株は、プロすら見向きもしないことがあります。「いつ株価が上がるか」という時間軸の変数は、私のコントロール外です。ここを予測しようとすると、外れた時のストレスで眠れなくなります。

そのため、私は「いつか」を諦め、「今」に集中することにしました。

株価(他人の評価)は無視し、その企業が毎年生み出すキャッシュフローや、積み上がる純資産、そして配当金(実利)だけを見る。

「市場が私の持ち株の価値に気づくのに5年かかるなら、その間の5年分の配当とBPS成長を貰っておこう」。そう考えることで、「待つ時間」を「利益確定の時間」へと脳内で変換しています。


結局、私たちは「どの苦痛」を選ぶか

投資に「聖杯」はありません。

あるのは、「この欠点なら、私の性格的に許容できる」という相性の問題だけです。

  • 全てを効率性に委ねて、「退屈」を引き受けるか(インデックス)。
  • 自分の論理を信じて、「孤独」と「時間の不確実性」を引き受けるか(個別株)。

どちらが優れているかという議論は無意味です。重要なのは、自分が選んだ道に落ちている「石ころ(デメリット)」を、最初から「あって当然のもの」として認識できているかどうか。

私は、市場の非効率性を信じ、自分で企業価値を測る泥臭い作業を選びました。「いつ報われるか分からない」というコストを払ってでも、自分の頭で考えた仮説が事実に変わる瞬間のカタルシスに賭けたいからです。

私たちはプロと同じ未来予測能力を持つことはできません。

しかし、「どこにリスクと時間を捧げるか」という意思決定においてのみ、私たちは市場に対して主導権を握ることができるのです。