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作成者: きりしま

きりしま 40代半ば。これまでは米国株や金など、インデックス積立投資を中心に、合理的な資産形成を行ってきました。 しかし、これからはもっと主体性を持った投資がしたいという想いから、日本株の個別株投資に挑戦しています。 このブログは、企業が持つ「想い」や「ぬくもり」、そして価値を、自分の頭で悩み、考え、長期で応援していくための「思考ノート」です。 専門的な分析はできませんが、銘柄選定の理由や売買の意思決定をすべて言語化し、自分の判断力を磨くための「日誌」として活用していきます。 【投資方針】 対象: 日本株の「割安でありながら、将来の成長性も期待できる銘柄」 期間: 5年、10年といった超長期での保有を前提とした投資 どうぞ、よろしくお願いいたします。
村田製作所をDCF法で計算して、その「無意味さ」に気づいてしまった話。

村田製作所をDCF法で計算して、その「無意味さ」に気づいてしまった話。

前回の記事では、村田製作所が持つ「技術の堀」について確認しました。 エンジニアとして、彼らの積層セラミックコンデンサ(MLCC)が芸術品に近いことは理解しています。

しかし、投資家としての仕事は「良いものを買うこと」ではなく、「良いものを安く買うこと」です。 そこで今回は、Excelを開いてDCF法(割引現在価値法)という物差しを使い、村田製作所の適正価格を弾き出そうと試みました。

結論から言うと、計算はしました。数字も出ました。 でも、その作業の途中で「俺は台風の進路を定規で測ろうとしているんじゃないか?」という、強烈な虚無感に襲われたのです。

今日はその計算結果と、私が直面した「理屈の限界」についてシェアします。


1. 机上の空論(計算の前提)

まずは、教科書通りに計算してみます。 AIやEVという「希望」と、スマホ市場の飽和やサムスンの猛追という「現実」をミキサーにかけて、以下のような巡航速度を設定しました。

① 売上成長率:年率 +5.0% スマホの台数はもう伸びませんが、AIサーバーやEV向けで単価が上がる(質的成長)と仮定して、まあこれくらいでしょう。

② 営業利益率:18.0% かつてのような「利益率20%超え」を前提にするのは、サムスンがいる以上楽観的すぎます。高付加価値品へシフトして、なんとか18%を死守するシナリオです。

③ 実質キャッシュフロー:利益の50% これが一番痛い。装置産業の宿命として、彼らは競争力を維持するために巨額の設備投資を続けなければなりません。稼いだ金の半分は、次の設備に消えると仮定します。


2. 計算結果:理論株価 2,730円

この前提で、将来5年間のキャッシュフローを積み上げ、割引率(WACC)7.0%で現在価値に割り戻しました。

  • 事業価値:約 4.75兆円
  • ネットキャッシュ:約 0.6兆円
  • 株主価値:約 5.35兆円

これを発行済株式数で割ると…… 理論株価:約 2,730円

現在の株価は3,033円前後(執筆時点)。 つまり、「今の株価は10%ほど割高(期待先行)」という結果が出ました。


3. この計算、意味あるか?

数字だけ見れば、「今は高いから、2,700円まで落ちてくるのを待とう」となります。 これまでの私ならそうしたでしょう。

しかし、計算式のセルを眺めていて、ふと我に返りました。 「半導体業界で、5年先まで年率5%で安定成長する前提なんて、果たして置けるのか?」

DCF法は、コカ・コーラや鉄道会社のような「予測可能な未来」を持つ企業には有効です。 しかし、ここはドッグイヤーのハイテク業界です。

  • もし明日、MLCCを不要にする「シリコンキャパシタ」の革命が起きたら?
  • もしサムスンがシェア奪取のために、利益度外視の価格破壊を仕掛けてきたら?

その瞬間、私の作った精緻なExcelモデルはただの紙屑になります。 変化の激しい戦場において、「安定成長」を前提とした計算機を叩くこと自体が、ある種の傲慢さではないか。そう感じてしまったのです。


4. 結論:安泰な城などない

結局のところ、村田製作所に対する私の評価はこうです。 「モノは最高。でも、安泰な城ではない」

理論株価(2,730円)と現在株価(3,033円)の差額は、市場が抱いている「村田ならなんとかしてくれるだろう」という信仰のプレミアムです。これを払ってでも乗るか、降りるか。

私は一旦、保留にします。 「村田製作所一択」で思考停止するには、このセクターのリスクは高すぎます。

同じリスクを取るなら、電池で覇権を狙うTDKはどうだ? あるいは京セラ? もっと上流の素材メーカーの方が、技術変化の波を被りにくいんじゃないか?

今回の計算で得られた最大の収穫は、「適正株価」という答えではなく、「もっと視野を広げないと火傷するぞ」という警告だったのかもしれません。

比較検討の旅は、もう少し続きそうです。

世界シェア40%。村田製作所の「ブラックボックス」を覗いたら、背後に巨人の影が見えた話。

世界シェア40%。村田製作所の「ブラックボックス」を覗いたら、背後に巨人の影が見えた話。

世間がNVIDIAの株価に一喜一憂している狂騒を横目に、私はあえてステージの床下を支える日本企業、村田製作所(6981)について調べていました。

「電子部品」 この響きには、どこかコモディティ(買いたたかれる汎用品)の匂いがします。 中韓メーカーの安値攻勢に晒され、スマホ不況で沈む未来しか待っていないのではないか?

そんな偏見を持ってリサーチを始めましたが、技術の裏側と、ライバルである韓国サムスン電機の一次情報を掘り下げていくうちに、認識は覆されました。 そこにあったのは、想像以上に深い「堀」と、それすら埋めようとする恐ろしい「敵」の存在でした。


1. そもそも何を支配しているのか?

村田製作所の正体。それは極論すれば「MLCC(積層セラミックコンデンサ)屋」です。 売上の4割、利益の大半をこの小さなチップで稼ぎ出しています。

驚くべきはそのシェアです。 世界シェア 約40%。

ハードウェアの世界において、単独で4割を握るというのは異常事態です。 2位のサムスン電機(約24%)を引き離し、特に利益率の高い「車載・ハイエンド向け」に限れば、TDKと合わせた日本勢で8割以上を独占しているとも言われます。 この「数の暴力」こそが、彼らの収益の源泉です。

2. なぜ他社は真似できないのか?(エンジニアが嫉妬する技術)

今回、最も腹落ちしたのがここです。 「たかが部品だろ? 設備投資すれば中国メーカーでも作れるのでは?」 私はそう思っていました。しかし、それは間違いでした。

村田製作所の正体は、組み立て屋ではありません。「化学メーカー」です。

多くの部品メーカーは、材料(セラミックの粉)を仕入れて成形します。しかし、村田は「材料の粉」から自社で作っていました。 MLCCの性能は、「粉をいかに均一に、薄く延ばせるか」で決まります。彼らは自社配合の「粉」に合わせて、それを加工する「製造装置」まで内製化しています。

「素材から装置まで、全部俺たちが作る」 この完全なる垂直統合により、製造プロセスはブラックボックス化されています。これでは、汎用の製造装置を買ってきて並べるだけのメーカーが勝てるわけがありません。

3. 「スマホの次」はあるのか?

「でも、スマホはもう売れないでしょ?」 その通りです。しかし、村田の主戦場はすでに「数(スマホ)」から「質(AI・EV)」へシフトしています。

① AIサーバー(熱との戦い) NVIDIAのGPUを積んだサーバーは、凄まじい熱を発します。普通のコンデンサなら溶けるか機能停止する環境です。ここでは「高耐熱・高電圧」の特殊品が必須となり、単価は何倍にも跳ね上がります。

② EV(1台に1万個の世界) ガソリン車が1台3,000個なのに対し、ハイエンドEVは1台で1万個以上のMLCCを飲み込みます。 しかも、ここは人命に関わる聖域です。「安いから」という理由で品質の怪しい中国製を使うメーカーはいません。

スマホの台数は減っても、一台あたりの「村田依存度」は劇的に上がっている。これが実態です。

4. 唯一にして最大のリスク:サムスンの「宣戦布告」

ここまでなら「村田製作所、買い一択」で終わる話です。 しかし、私はある資料を見てしまい、マウスをクリックする手を止めました。

最大のライバル、サムスン電機(Samsung Electro-Mechanics)の決算説明資料(Earnings Release)です。

噂レベルではなく、彼らが投資家向けに公開している一次情報に、明確な「攻撃宣言」が記されていました。

“Expand supply of high-end products for industrial/automotive applications including AI servers.” (AIサーバーを含む産業用・車載用へのハイエンド製品供給を拡大する)

背筋が冷えました。 これまで村田が独占していた「AI・車載」という聖域に対し、サムスンが真正面から「獲りに行く」と宣言しているのです。

彼らには、グループ内にメモリやロジック半導体を持つ強みがあります。「半導体とコンデンサをセットで供給する」というパッケージ提案をされたら? 技術力で勝っていても、商流で負けるシナリオは十分にあり得ます。


結論:最強の職人と、背後のスナイパー

リサーチを終えた私の結論はこうです。

「村田製作所は、世界最強の職人である。だが、背後にはサムスンというスナイパーが銃口を向けている」

AI・EV時代の主役になれるポテンシャルは十分です。今の株価水準も魅力的です。 しかし、私はまだフルベットできません。

サムスンの「宣戦布告」が、単なるハッタリなのか、それとも村田の利益率を削り取る現実の脅威となるのか。 投資判断を下すのは、次の四半期決算で彼らの「営業利益率」を確認してからでも遅くはない。そう判断しました。

疑い深いと言われるかもしれませんが、それが私の生き残り戦略なのです。

【告白】ロマンを語る私の、冷たい裏の顔。「投資家」と「ファンドマネージャー」の二重生活について。

【告白】ロマンを語る私の、冷たい裏の顔。「投資家」と「ファンドマネージャー」の二重生活について。

優待シーズンの足音が近づくと、SNSのタイムラインが少し騒がしくなります。「クロス取引」や「タダ取り」の在庫確保報告。

普段、「企業のぬくもり」だの「応援」だのとポエムのようなことを書いている私ですから、読者の皆様はこう思っているでしょう。 「きりしまは、そんなリスクを取らないセコい取引なんて見向きもしないはずだ。『クリープのないコーヒーのようなものだ(古い?)』と笑い飛ばすに違いない」と。

……えっと、正直に告白します。 やります。結構、冷徹にやります。

今日は、私が抱える「ロマン」と「そろばん」。この一見矛盾する二つの顔と、自分の中でどう折り合いをつけているかについて、正直に書いてみようと思います。


1. 脳内に住む「二人のきりしま」

私の中には、性格の絶望的に合わない二人の人間が同居しています。

一人目は、このブログの著者である「投資家きりしま」。 彼はロマンチストです。「リスクを背負ってこそ、果実は甘くなる」「企業ストーリーへの共感こそが投資の本質だ」と熱く語ります。彼にとって、リスクゼロで利益をかすめ取るクロス取引は、魂の抜けた行為であり、美学に反します。

しかし、もう一人。私の資産全体を管理する、冷血な「ファンドマネージャーきりしま」がいます。 彼が見ているのは、物語ではなく「ポートフォリオ全体の効率性(シャープレシオ)」だけです。

彼が、待機資金(キャッシュ)を見てこう囁くのです。 「おい、次の暴落を待っているその現金、ただ眠らせておくつもりか?」 「そこに『年利換算数%のリターン』が確定している取引が落ちているぞ。なぜ拾わない?」 「それを『美学』とか言ってスルーするのは、マネージャーとしてのただの『職務放棄』ではないか?」

……ぐうの音も出ません。 数字(ロジック)の世界において、落ちているお金を拾わない正当な理由は存在しないからです。


2. 優待クロスは「投資」ではなく「事務処理」

そこで私は、精神衛生を保つために、自分の中で明確な線引きを行いました。

  • 個別株の現物買い = 心を揺さぶる「投資」。
  • 優待クロス取引 = 銀行の金利計算に近い「事務処理」。

私はクロス取引をする際、その企業の統合報告書を読み込んだりしません。 ただ淡々とカレンダーを確認し、Excelで在庫を管理し、機械的に注文を入れる。

これは私にとって、スーパーでポイントカードを提示する行為や、定期預金の満期手続きをするのと同じカテゴリ。いわば「高配当なポイ活」なのです。

そこに「主体的な応援」という熱はありません。あるのは「資金効率を最大化する」という、ファンドマネージャーとしての冷たい実務能力だけ。 そう割り切ることで、私はロマンとそろばんを共存させています。


3. 「我が家の株」にするための、愛ある合理性

一方で、私が本気で応援してリスクを取る「現物保有」の場合。 ここでも、私の内なる「ファンドマネージャー」は合理性を発揮します。

それは、「家族名義への分散」です。

例えば、ある企業の株を200株買いたいと思った時。私一人で200株持つか、妻と100株ずつ持つか。 私は迷わず後者(家族分散)を選びます。

なぜなら、「同じリスク量(200株分の変動リスク)」を負っているのに、リターン(優待品)を取りこぼすのは、プロとして非合理的だからです。 100株優待が一番効率が良いなら、手間を惜しまず家族で分ける。これはセコいのではなく、リスクマネーを投じる者の「義務」です。

そして何より、これには数字以上の効用があります。 妻や子供の口座にその株が入ることで、その企業は「お父さんが勝手にやっている株」から、「私たち家族の株(アセット)」へと進化するのです。

「ねえ、私の口座にあるあの会社、新しいお店出したんだって?」 「今年のカタログギフト、二人分合わせて、ちょっと良いお肉頼んじゃおうか」

そんな会話が食卓で生まれること。 投資という孤独な営みが、家族の共通体験になり、生活の中に溶け込んでいくこと。

これこそが、私が求めている「生活に根ざした投資」の完成形であり、「我が家の株」と呼べる最強の状態だと思うのです。


4. 結論:冷たいマネージャーが、熱い投資家を守る

「口座管理なんて面倒くさいことを」と思われるかもしれません。 ですが、この「事務処理(ポイ活)」や「家族口座の管理」といった冷徹なバックオフィス業務をサボらないことこそが、実は私の投資家としての寿命を延ばしています。

ファンドマネージャーとして冷ややかに積み上げた「小銭」や「生活必需品(優待)」が、家計の防波堤になる。 その安心感があるからこそ、本命の銘柄が暴落した時に、「まあ、生活は何とかなる」と腹を括って、ロマンある企業を買い向かうことができるのです。

右手に「冷たいエクセル(ファンドマネージャー)」を。 左手に「温かいストーリー(投資家)」を。

この二つの顔を使いこなしてこそ、40代の個人投資家は市場という荒波を生き残っていける。

……まあ、そうやって「事務的に」手に入れたハンバーグも、家族みんなで食べれば「やっぱり美味しいね!」って感動しちゃうんですけどね。 そこはやっぱり、所詮人間ですから。

なぜ「インデックス」という正解を捨てて、面倒な個別株をやるのか? 私の投資を支える「電卓」と「体温」の話。

なぜ「インデックス」という正解を捨てて、面倒な個別株をやるのか? 私の投資を支える「電卓」と「体温」の話。

週末、コーヒーを飲みながら自分のポートフォリオを眺めていて、ふと我に返ることがあります。 「なぜ、私はこんな面倒なことをしているんだろう?」と。

現代の投資理論において、正解は出ています。インデックス投資です。 市場全体を丸ごと買い、感情を排して寝て待つ。これが最も合理的で、最もタイパの良い「最適解」であることは、数字が証明しています。

それでも私は、あえて手間のかかる個別株のリサーチに時間を費やし、決算書を読み込み、Excelを叩いています。 今回は、なぜ私がその「非効率」を選ぶのか。個別株投資に向き合う際の私のスタンス(流儀)について、少し言語化しておこうと思います。


1. 「効率」のその先にある欠乏感

以前も書きましたが、私の投資の原点はインデックス投資です。 S&P500やオルカンを買うこと。それは素晴らしい戦略です。

しかし、40代を迎えた頃、その「正解」の中に安住することに、奇妙な欠乏感を覚えるようになりました。 資産は増える。でも、「自分は世の中の経済活動を、本当に理解しているのか?」という問いには答えられないままです。

インデックスは「平均」を買う行為です。そこには個別の企業の顔も、経営者の苦悩も、現場の熱量もありません。すべてが希釈された「数字」として処理されます。 私が個別株の世界に足を踏み入れたのは、単にリターンを求めたからではなく、自分の手で企業の価値を測り、納得してリスクを取るという「主体性の手触り」が欲しかったからなのだと思います。

2. 左手に「冷たい電卓」を

では、どうやって銘柄を選ぶか。 まず必要なのは、徹底的に「冷徹であること」です。

株式市場というのは、頻繁に躁鬱(そううつ)を繰り返す情緒不安定な場所です。 コンセンサス未達で暴落したり、一過性のニュースでセクターごと全否定されたり。

そんな「市場のノイズ」が大きくなった時こそ、私は静かにExcelを起動します。 「みんなが怖いと言っているから売る」ではなく、 「株価は下がったが、キャッシュフローは傷んでいない。計算上、安全域(マージン)が30%取れる。だから買う」

インデックス投資時代に培った「数字への信頼」をベースに、感情を排して事実(ファクト)を確認する。 この「冷たい頭(Cool Head)」によるスクリーニングが、私の投資の入り口です。数字が合わないものには、どんなに夢があっても手は出しません。

3. 右手に「温かい物語」を

しかし、ここからが重要です。 「数字が安いから」という理由だけで買った株は、長続きしません。暴落局面で握り続ける握力が生まれないからです。

ここで必要になるのが、数字には表れない「物語(ナラティブ)」です。

  • 経営者は、自分の言葉で未来を語っているか?(借てきた猫のような定型文ではないか?)
  • そのビジネスモデルに、社会的な必然性はあるか?
  • 現場のエンジニアや社員に、製品への「愛」はあるか?

数字でスクリーニングした後に、時間をかけてこれらの「定性情報」を読み込みます。 そこで、企業の「体温」のようなものを感じ取れた時、はじめて「この会社となら心中してもいい(あるいは、長く付き合いたい)」という覚悟が決まります。

これを私は「温かい心(Warm Heart)」での判断と呼んでいます。 どんなにPERが低くても、ただ数字を作るためだけに走っている「冷たい企業」に、私の大切なお金を託すことはできません。


結論:論理とロマンの不均衡なバランス

今の私の投資スタイルを整理すると、こうなります。

  1. 【入り口】: 市場の歪みを、「冷たい論理(電卓)」で見つける。
  2. 【決定】: その企業の持つ熱量を、「温かい共感(物語)」で確認する。
  3. 【継続】: 保有中は物語を楽しみつつ、何かあれば再び電卓を叩く。

左手でリスクを計算し、右手で未来を信じる。 非常に面倒くさいスタイルですが、この両輪が揃って初めて、私は夜ぐっすり眠ることができます。

「儲かるかどうか」はもちろん重要です。 でもそれ以上に、「自分がその企業を応援することに、腹落ちしているか」。 そんな「意思あるお金」を市場に置くことこそが、私にとっての投資の醍醐味なのかもしれません。

なぜドーン(2303)は、理論株価より30%も安いのか? プロが入れない「小さな水槽」の歩き方。

なぜドーン(2303)は、理論株価より30%も安いのか? プロが入れない「小さな水槽」の歩き方。

私のポートフォリオの片隅に、地味ですが妙に愛着のある銘柄がいます。 ドーン(2303)。 警察や消防向けの地図情報システムを手掛ける、いわゆる「Gov-Tech(行政テック)」企業です。

直近の株価は2,000円前後(執筆時点)。 チャートだけ見れば横ばいで退屈そのものですが、実はこの価格、企業の「稼ぐ力」と「保有現金」から逆算すると、異常なバーゲン価格で放置されているのです。

なぜ、利益率30%超えの超優良企業が、こんな値段で売られているのか? そこには、株式市場の構造的なバグである「流動性プレミアム」が存在します。

今回は、私が弾いたそろばん(DCF法)の中身と、なぜこの「歪み」が修正されないのかという市場のカラクリについて解説します。


1. 「割安」の証明(DCF法による理論株価)

「なんとなく安い」は感想ですが、「計算上安い」は事実です。 ドーンは官公庁相手のストックビジネス。解約率が極めて低く、未来の収益が見通しやすいので、DCF法との相性は抜群です。

【計算の前提:あえて保守的に】 夢物語にならないよう、かなり堅実なパラメータを設定しました。

  • 売上成長率:年率 +5.0%
    • 自治体DXの波を考えれば、無理のない巡航速度です。
  • 営業利益率:32.0%
    • これがドーンの真骨頂。受託開発ではなく「ライセンス」で稼ぐため、原価率が低い。30%超えの高収益体質は今後も続くと仮定します。
  • 割引率(WACC):6.0%
    • 顧客が日本国政府(のようなもの)なので、貸し倒れリスクは皆無。実質無借金なので、投資家が求めるリスクプレミアムは低くなります。

【シミュレーション結果】 この前提で、向こう5年間のキャッシュフローを積み上げると、彼らは毎年3〜4億円の現金を確実に積み上げていく計算になります。

  • ① 事業価値(稼ぐ力):約 72.7億円
  • ② ネットキャッシュ(手持ち現金):約 28.0億円
    • ここが重要。時価総額の4割近い現金を、ただ金庫に眠らせています。
  • ③ 株主価値(①+②):約 100.7億円

これを株数で割ると…… 理論株価:約 3,051円

現在の株価(2,000円)に対し、約1.5倍(+50%)の上昇余地があります。 つまり、本来的には3,000円の価値がある財布が、なぜか2,000円で売られている状態です。


2. なぜ放置されているのか?(流動性の罠)

「そんなに美味い話なら、なぜプロの投資家が買わないんだ?」 当然の疑問です。しかし、そこには明確な理由があります。

「水槽が小さすぎて、クジラ(機関投資家)が入れないから」です。

ドーンの時価総額は60〜70億円規模。1日の売買代金も数千万円レベルです。 数千億円を運用するファンドマネージャーにとって、この規模は投資対象になり得ません。

  • 買えない: 数億円分買おうと注文を出したら、自分の買いで株価が暴騰してしまう。
  • 売れない: 逃げたい時に買い板が薄すぎて、売るに売れない。

プロたちは「中身が良いのは分かっている。でも、仕事として買えない」と指をくわえて見ているのです。 この「プロ不在」の空白地帯こそが、株価が理論値(3,050円)にサヤ寄せされず、割安なまま放置されている真犯人です。


3. 個人投資家だけが享受できる「不便益」

しかし、これは私たち個人投資家にとっては最高の環境です。 私たちはクジラではありません。数千株程度なら、いつでも問題なく泳げます。

つまり、ドーンへの投資は以下のようなボーナスステージです。

  1. 機関投資家が立ち入れない「聖域」で、
  2. 本来3,000円の価値がある「高収益&キャッシュリッチ企業」を、
  3. 「流動性が低い」という理由だけで、3割引で独占的に仕込める。

市場の「不便さ」を引き受ける対価として、将来的なリターンが約束されている状態。 私はこれを「不便益」と呼んで愛好しています。


まとめ:静かなる「歪み」を拾う

株価が動かないことを嘆く必要はありません。 計算ロジックが正しければ、今の株価は「3割引セール」が常態化しているだけです。

いずれ企業が成長して時価総額が大きくなり、機関投資家のレーダーに引っかかる時。 あるいは、溜め込んだキャッシュを使って自社株買いや増配が行われる時。

その瞬間、この「流動性ディスカウント」は解消され、株価は理論値へと一気に跳ね上がるでしょう。 それまでは、この歪みの構造を理解している投資家だけが、静かにその価値を享受しておけばいいのです。

人気のない路地裏にこそ、本当の名店がある。 株式市場もまた、同じなのかもしれません。