2026年に読み返す『シン・ニホン』。空白の6年間と、今ようやく動き出したかもしれん「国のPL」改革
2020年の発行からはや6年。 久しぶりに本棚からこの分厚い本を取り出し、再読しました。 安宅和人さんの『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』。
※安宅さんは『イシューから始めよ』の時代からのファンで、こんなコトを学べるなら慶応SFCへ行きたかったと心底思える尊敬する方のお一人ですです。

6年前といえば、ちょうど安倍政権から菅政権へとバトンが渡された時期です。 あれから私たちは、どれだけの時間を前に進めることができたのでしょうか。
2026年の今、改めてページをめくると、そこに書かれていたのは「過去の予言」というよりも、「今、私たちが直面している現実のシステムログ」そのものでした。
「空白の5年間」を謙虚に振り返る
読み返して最初に感じたのは、まだ何も変わっていない感覚が強い。「痛感」です。
安宅さんは本書の中で、「データ×AIの時代に乗り遅れることのリスク」を論理的に説いていました。 しかし、この6年間の日本の歩みを振り返ると、様々な事情があったとはいえ、結果として世界的な潮流から半周遅れてしまった事実は否めません。
数字を見ると、その差は歴然としています。 日経平均株価がようやく本格的に評価され始めたのは、2025年に入ってから。 一方で、世界はどうだったか。 米国市場ではNVIDIAやMicrosoftが、AIという新たな産業革命を牽引し、時価総額を数倍に伸ばしました。何も株価だけがKPI(評価指標)ではないとおもいますが、海外で彼らが「実装」に突き進んでいた5年間、日本市場はまだ「検討」のフェーズに留まっていたように見えます。(※最新の版では筆者は修正されているのだろうか…)
その結果として積み上がったのが、拡大する「デジタル赤字」。 クラウドやAIサービスの対価として、富が海外へ流出し続ける現状。 これは誰かの怠慢というよりは、日本という巨大なシステムが、急激な環境変化(AIの進化)に対して、構造的に適応しきれなかった結果なのだと、フラットに受け止める必要があります。
今、噛み合うかもしれない「国のPL」と積極財政
しかし、悲観するために読み返したわけではありません。 今回の再読で最も目が留まったのは、「国のPL(損益計算書)」に関する記述です。高市政権の改革をこれと照らしあわわせると気付きになるかもしれないと思ったのです。


安宅さんは、日本の予算配分が固定費(社会保障等)で硬直し、未来への投資(真水)が枯渇していることを指摘し、こう提言していました。 「未来を創るリソースを確保するには、大胆なリソース配分の変更か、国債発行による投資が必要だ」
このロジックは、まさに今、高市新政権が掲げる「責任ある積極財政」と重なります。
これまでは「財政規律」という制約条件の中で、どうしても未来投資が後回しにならざるを得ませんでした。 しかし、ようやく政治がリスクを取り、国債というレバレッジをかけて、日本というプロダクトをアップデートするための「大規模な資金調達(シリーズB)」に動こうとしている。
昨日報じられた解散総選挙の検討も、この「国のPL」を抜本的にリファクタリングするための、必要なプロセスなのだと感じます。 6年越しにようやく、現場の課題感と政治の意思決定が噛み合い始めたのかもしれません。
「風の谷」を目指す実務家の視点
安宅さんの凄みは、単なる評論家ではなく、Yahoo!やLINEでの実務、そして「風の谷」プロジェクトのような地方創生の実践を通じて、難しい課題に解像度の高い提案を続けている点です。
「都市集中から、地方への分散へ」 テクノロジーの力で、地方こそが人間らしく豊かに暮らせる場所になる。 このビジョンも、2026年の今となっては、より現実的な選択肢として私たちの目の前にあります。
2026年の今、『シン・ニホン』を読み返す意義は、「現在地の確認」に思えます。
私たちは少し遅れたかもしれません。しかし、課題(イシュー)は自体の策定は引き続き難しい情勢が続いているものの、積極財政と未来投資が示されています。 いち投資家としてできることは、この国のシステムが正常化しようとする動きを把握し、経済合理性を前提としながらも資金面から静かに、しかし力強く支持することだと思います。
「妄想し、知覚し、組替える」 安宅さんが説いたこの思考法は、AI銘柄の選定や、これからの時代を生きるエンジニアとしての指針にもなります。
まだ読んでいない方はもちろん、数年前に読んだ方も、ぜひ今こそ手に取ってみてください。 今の日本の景色が、少し違って見えるはずです。