レバレッジという「劇薬」を、私のポートフォリオに入れない理由。効率性よりも優先した「ノイズキャンセリング」

レバレッジという「劇薬」を、私のポートフォリオに入れない理由。効率性よりも優先した「ノイズキャンセリング」

「盤石なキャッシュフローを持つ優良企業になら、レバレッジ(借金)を掛けて勝負したほうが、資産形成の速度は劇的に上がるのではないか?」

投資に慣れ、相場の動きがなんとなく読めるようになってきた頃、誰もが一度はこの「悪魔の囁き」を耳にするはずです。 Excelでシミュレーションを回せば、確かにその通りになる。エンジニアとして数字をいじくり回すのが好きな私も、かつてはその複利曲線の美しさに魅了され、心が揺らいだ時期がありました。

しかし、現在の私は頑なに「現物のみ」という、一見すると非効率で臆病なスタイルを貫いています。

それは単に「借金は怖い」という感情論ではありません。「レバレッジという道具の物理的性質」と、私が志向する「長期投資の本質」が、致命的に噛み合わないと理解してしまったからです。 今回は、私がなぜ「魔法の杖」を使わずに、地味な現物の道を歩むのか。その消去法のプロセスを書き残しておきます。


1. 「薄い利ざや」を拡大するか、「太い果実」を待つか

そもそも、レバレッジとは何のために存在する道具なのでしょうか。これは本質的に「短期的なサヤ取り(アービトラージ)のための増幅装置」だと私は定義しています。

例えば、FXの金利差(スワップポイント)狙いや、株主優待のクロス取引(現物買い・信用売り)などが良い例です。「リスクが極限まで低く、利幅は薄いが確実に勝てる」という歪みが市場にある時、資金を借り入れてその薄い利益を何倍にも膨らませる。これこそがレバレッジの正しい使い方であり、真価でしょう。

私も、もし市場に「落ちているお金」を拾うような明確な歪み(フリーランチ)があり、それを瞬時に拾える環境にいるなら、迷わずレバレッジを使います。

しかし、私が主戦場としているのは、そういう「短期の隙」を突くゲームではありません。企業の成長や価値の修正を数年単位で待つ、気の長いゲームです。 0.1秒を争うF1マシンのターボエンジン(レバレッジ)を、のんびり走るトラクター(長期投資)に積んでも、オーバーヒートするか、燃料代で破産するのが落ちです。道具の用途が違うのです。

2. 「時間」を敵に回すという矛盾

私が実践しているバリュー投資(割安株投資)は、一種の「農耕」です。 本質的価値より安く放置された株という「種」を仕込み、市場がその価値に気づいて価格が適正に戻るまで、ひたすら待つ。その「実りの時期」は、明日かもしれないし、5年後かもしれない。

この不確実な時間軸に対して、レバレッジを持ち込むとどうなるか。致命的な「構造的矛盾」が発生します。

  • 現物(自己資本): 期限がありません。「株価が戻るまで、どっしりと待つ」という「時間の自由」を私が持てます。
  • レバレッジ(他人資本): 金利コスト、返済期限、そして証拠金維持率という「時間の制約」が発生します。

じっくり腰を据えて待つことが最大の優位性であるはずの投資法に、「早く結果を出さないと死ぬ(金利負けやロスカット)」という時限爆弾を抱え込む。 これは、自ら「時間」という最強の味方を敵に回す行為に他なりません。 私は、相場の変動に加えて「期日」にまで気を揉むような、解像度の低い精神状態で投資をしたくないのです。

3. 暴落時の「景色」が全く違う

そして何より、レバレッジを避ける最大の理由は「暴落時の振る舞い」にあります。

長期投資家にとって、暴落は恐怖の対象ではなく、本来は「祝祭」であるはずです。優良株が二束三文で投げ売りされる、数年に一度の最大の買い場だからです。

しかし、レバレッジをかけていると、この景色が一変します。 市場がパニックになり、株価が急落した時、レバレッジ投資家は「買い向かう」どころではありません。証拠金の維持に追われ、最悪の場合、セリングクライマックスの底値で強制的に売らされる(退場させられる)側に回ります。

一方で、現物投資家はどうでしょうか。 手元の現金(キャッシュ)という切り札を握りしめ、パニックに陥った人々が投げ捨てた株を、悠々と拾い集めることができます。 「他人が貪欲な時に恐れ、他人が恐れている時に貪欲であれ」というバフェットの言葉を実践するには、ポートフォリオの耐久性が不可欠です。

私は、暴落時に「祈る側」ではなく「買う側」にいたい。 その特権を維持するためのコストとして、平時のレバレッジ効果を捨てていると言ってもいいでしょう。


結論:私の手に馴染むのは「鈍器」だった

レバレッジを駆使し、徹底したリスク管理で短期資産を築くトレーダーの方々を否定するつもりはありません。その「規律」と「瞬発力」には、心からの敬意を表します。

ただ、私という人間のOSには、そのスタイルはインストールできませんでした。 私は「スピード」よりも「確実性」を、「瞬発力」よりも「永続性」を選びたい。 市場のノイズや金利変動に急かされることなく、自分の美学で意思決定を行い、夜はぐっすりと眠りたい。

そう考えた時、私の手に馴染む武器は、鋭利で扱いづらい「レバレッジ」ではなく、無骨で頑丈な「現物」でした。 これは投資効率の正解・不正解の話ではなく、結局のところ「どういう状態で市場に居続けたいか」という、生き方の好みの話なのだと思います。

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