yutori (5892) 株価2,600円の謎。電卓を叩いたら「理論値500円」が出てしまった話。
Z世代向けアパレル、yutori(5892)。 私の監視リストの常連であり、かつて保有し、そして恐怖を感じて手放した銘柄です。
直近の株価は 2,636円(執筆時点)。ピークの6000円からかなり下がったものの、相変わらず高い評価を受けています。そして熱量の高い株主が多い印象です。
「なぜ、これほど高いのか?」 そのロジックを解明するために、私は禁断の果実、DCF法(割引現在価値法)を使ってシミュレーションを行いました。
結論から言います。 私のExcelが弾き出した理論株価は、約492円でした。
現在の株価の5分の1以下です。 計算ミスではありません。何度やってもこうなります。 今日は、この「5倍の乖離」が何を意味するのか。市場が賭けている「正体」について、計算プロセスを公開しながら解剖します。
1. もし「普通のアパレル」だったら?(冷徹な計算)
まず、yutoriから「M&Aによる急成長」という魔法を取り上げ、地道に服を売って成長する企業だと仮定して計算してみました。
【計算の前提:これでも甘めに見積もった】 アパレル業界の構造的現実に基づき、以下のパラメータを設定しました。
- 売上成長率:初期+25% → 将来+5%
- 単一ブランドで+50%成長を続けるのは物理的に無理です。流行り廃りの激しい業界で、向こう2年+25%成長というのは、かなり優秀な部類です。
- 営業利益率:10%前後
- 家賃がないD2Cとはいえ、SNS広告費がかかります。大手でも8〜9%が相場の世界で、10%は合格ラインです。
- 割引率(WACC):11.0%
- 小型グロース株のリスクプレミアムを考えれば、これくらい割り引くのが妥当でしょう。
【シミュレーション結果】 このシナリオで、向こう5年間に生み出すキャッシュフローを積み上げました。
- 5年後には売上が現在の2倍(135億円)になる。
- 利益も順調に出続ける。
既存事業としては文句なしの成長です。 しかし、これらを現在価値に割り戻し、借金を引いて株数で割ると……
理論株価: 約 492円
2. 「2,100円」の正体
- 理論値(実力):約 500円
- 市場値(株価):約 2,600円
この差額、約2,100円。 これを「バブルだ」「割高だ」と切り捨てるのは簡単です。しかし、それでは市場の心理を見誤ります。
この乖離は間違いではありません。 これこそが、投資家たちがyutoriに支払っている「M&Aへの入場料(プレミアム)」なのです。
市場は、yutoriを「服を売る会社」とは見ていません。「アパレル版ロールアップ・システム」として評価しているのです。
- オーガニック成長(理論値): 坂道を登るような、なだらかな成長。
- M&A戦略(市場値): 買収によって売上が「ドン!」と跳ね上がる、階段状の非連続な成長。
株価2,636円という数字は、「yutoriなら、これからもイケてるブランドを次々と買収して、数年で売上を今の数倍〜10倍にする景色を見せてくれるはずだ」という、市場からの強烈な信任票そのものです。
3. 結論:私はその「夢」を買えるか
今回の計算で、yutoriの株価の成分表がクリアになりました。
- 株価の20%(約500円): 今ある服が売れる価値。
- 株価の80%(約2,100円): まだ見ぬM&Aへの期待料。
今の株価で投資をするということは、「資産の8割を『期待』という名の空気に対して支払う」ということです。
経営陣の手腕は認めます。彼らのPMI(買収後の統合)能力が卓越していることも知っています。 それでも、理屈屋の私にとって「実体の5倍の価格」でエントリーするのは、あまりに高所恐怖症を刺激する行為です。
「すべてが完璧にいく」という前提の価格には、ミスの許容範囲(安全域)がありません。 もしM&Aが一つでもコケたら? 期待(2,100円部分)が剥落し、株価は一瞬で理論値(500円)へ向かってナイアガラを起こすでしょう。
だから私は、今は手を出さず、スタジアムの外から彼らの試合を観戦することにします。 もし暴落が起きて、期待料が剥がれ落ちた時が来れば……その時は、この計算式を持って拾いに行くかもしれません。