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月: 2025年11月

本業IT、副業投資家。世界が「コード」と「数字」で見え始めた私の、少し疲れる幸福論

本業IT、副業投資家。世界が「コード」と「数字」で見え始めた私の、少し疲れる幸福論

普段はIT系の仕事をしながら、ポートフォリオのサテライト枠で個別株投資を楽しんでいます。

最近、村田製作所の技術的な「堀」を調べたり、信越化学のキャッシュフローを計算したりと、少し深い分析にハマっていたのですが、ふと気づいたことがあります。

それは、「私の中で、世界の見え方が不可逆的に変わってしまった」ということです。

今日は分析の手を休めて、投資を始めてから感じるようになった「喜び」と、ほんの少しの「息苦しさ」について書いてみます。

1. 「仕組み」が見える快感

もともとITエンジニアとして働いているので、新しいWEBサービスやアプリを見ると「裏側の仕組み(アーキテクチャ)」を想像する癖はありました。「これ、AWSかな? データベースの設計どうなってるんだろう?」といった具合です。

しかし、本格的に個別株投資を始めてからは、そこに「お金の設計図(ビジネスモデル)」というレイヤーが重なるようになりました。

  • 以前の私(エンジニア視点): 「このSaaS、UIがサクサク動いて凄いな。技術力高いな」
  • 今の私(投資家視点): 「技術は凄いけど、この機能で月額この値段は安すぎないか? サーバー代と開発費を回収するのに何年かかる? CAC(顧客獲得コスト)に見合ってるのか?」

技術的な「How」だけでなく、ビジネスとしての「Why」が同時に見える。 世の中のサービスが、どんなロジックで成り立ち、どこで利益を生んでいるのか。その「世界のソースコード」が読めるようになった感覚は、間違いなく私の人生の解像度を上げてくれました。

これは、自分が成長できたという純粋な「喜び」です。

2. 「純粋な消費者」に戻れない切なさ

一方で、この変化には副作用もありました。 それは、「何をしていても気が休まらない」ということです。

先日、家族とショッピングモールに出かけた時のことです。 以前なら、ただ楽しく買い物をして、美味しいものを食べてリフレッシュしていたはずでした。しかし、今の私の脳内は勝手にバックグラウンド処理を始めてしまいます。

  • 妻が化粧品を見ている横で、「このブランドの原価率は低いだろうな。インバウンド需要が戻れば、このテナントの売上は…」と計算してしまう。
  • フードコートで行列を見れば、「客単価1,000円、回転率、人件費…このオペレーションなら利益率は〇%くらいか。優秀だな」と評価してしまう。
  • 子供が欲しがるオモチャを見て、「このIP(知的財産)を持っている企業の株価、最近どうだったっけ?」とスマホを取り出してしまう。

ふと我に返った時、少し寂しくなるのです。「ああ、私はもう二度と、何も考えずに『これ欲しい!』『美味しい!』とだけ感じる、純粋な消費者には戻れないのかもしれない」と。

常に頭のどこかで、電卓を叩いている自分がいる。 本業の仕事が終わっても、投資家としての脳は24時間365日、アイドリングを続けている。 それは、世界が面白くなった代償として支払った、私の「安息」なのかもしれません。

3. それでも、この世界は面白い

「気が休まらない」と書きましたが、後悔しているかと言われれば、答えはNOです。

スーパーに並ぶ野菜の値段からインフレの波を感じたり、街ゆく人の服装から流行の移り変わり(とアパレル企業の株価)を予測したり。 そうやって社会と自分の資産がリンクしている感覚は、何にも代えがたい知的興奮を与えてくれます。

ITの知識で「技術」を理解し、投資の知識で「価値」を測る。 この二つの武器を手に入れたことで、私の日常は以前よりも少し騒がしく、そして圧倒的に色彩豊かになりました。

まあ、たまには強制的にスイッチを切って、何も考えずにコーラでも飲んでボケーっとする時間も必要かもしれませんね。 (「コカ・コーラの営業利益率は…」と考え出しそうになるのを、必死に抑え込みながら)。

PER18倍の信越と、40倍のレーザーテック。市場が「混ぜ物」を嫌う理由と、私がそこに見出す妥協点。

PER18倍の信越と、40倍のレーザーテック。市場が「混ぜ物」を嫌う理由と、私がそこに見出す妥協点。

AI相場の波に乗ろうと半導体関連の日本株をリサーチしていた時、数字の「歪み」に酔いそうになりました。

レーザーテック、PER 40倍。 アドバンテスト、PER 50倍超。

「期待値が高い」といえば聞こえはいいですが、バリュー投資を志向する身としては、この高所恐怖症になるような価格帯には到底手が出せません。

しかし、ふと視線を横に向けると、世界シェアNo.1の巨人が、妙に常識的な価格で放置されていることに気づきます。 信越化学工業、PER 18倍。

同じ「世界シェア1位」の半導体関連銘柄でありながら、なぜこれほど評価に断絶が生まれるのか? この差を突き詰めていくと、株式市場という場所がいかに「純度」に対して潔癖か、という事実が見えてきました。

今日はこの「事業の純度」という物差しと、それを踏まえた私の生存戦略について整理します。


1. なぜ「混ぜ物」があるほど安くなるのか

まず、半導体セクターのPERのばらつきを並べてみます。(※数値は執筆時点の概算)

  • レーザーテック(約40倍): 半導体検査装置(専業)
  • アドバンテスト(約51倍): 半導体テスタ(専業)
  • 信越化学(約18倍): 半導体シリコンウエハ + 塩ビ(住宅・インフラ)
  • 味の素(約30倍): 半導体絶縁材 + 食品(餃子・調味料)

一目瞭然ですね。 PERが高い企業は、事業の100%が半導体一本足です。いわゆる「ピュア・プレイヤー」です。 対して、PERが低い(割安な)企業には、必ずと言っていいほど「半導体とは関係ない別の事業(混ぜ物)」が含まれています。

信越化学なら「塩ビ(住宅)」、味の素なら「食品」。 投資家心理としては、こういうことです。

「俺はAIの未来にフルベットしたいんだ。住宅市場のリスクや、餃子の売れ行きなんてノイズはいらない」

プロのファンドマネージャーになればなるほど、この傾向は顕著でしょう。「AIファンド」を運用しているのに、組み入れた信越化学が「米国の住宅不況で減益しました」では、顧客に説明がつかないからです。

この「使い勝手の悪さ」が、株価におけるディスカウント(割引)要因となります。金融用語で言う「コングロマリット・ディスカウント」の正体です。

2. 他業界でも起きる「純度」の格差

この「純粋なものは高く、混ざったものは安い」というルールは、半導体に限った話ではありません。

  • テスラ(かつてのPER 100倍超): EV純度100%。EVの未来そのものを買うチケット。
  • トヨタ(PER 10倍前後): 世界一売っているが、ガソリンもHVも金融もやっている。「EVだけ」を切り出せない。
  • カプコン(高PER): ゲーム専業。ヒットすれば株価は青天井。
  • ソニーG(中PER): ゲームは覇権だが、映画も音楽も、あろうことか金融(銀行・保険)まで抱えている。分析が複雑すぎる。

市場は、複雑さを嫌い、シンプルさを愛します。 「これさえ買っておけば、そのテーマの恩恵を100%享受できる」という分かりやすさにこそ、プレミアム(高PER)が支払われるわけです。

3. あえて「不純物」を愛する戦略

では、私たち個人投資家はどう動くべきか? 「PERが高いピュアな企業を買うのが正解」なのでしょうか。

私は逆だと思っています。 むしろ、市場が嫌う「混ぜ物(不純物)」こそが、長期投資における安全装置になると考えるからです。

PER40倍のレーザーテックは、半導体市況が悪化すれば逃げ場がありません。「純度100%」とは、リスクも100%直撃することを意味します。

一方で、PER18倍の信越化学はどうか。 もし半導体バブルが弾けても、彼らには「インフラとしての塩ビ」があります。味の素には、不況でも売れる「食品」があります。

  • 高PER(専業): 攻めの投資。テーマの恩恵を最大化するが、脆い。
  • 低PER(複合): 守りの投資。爆発力はないが、事業ポートフォリオ内でリスクを相殺できる。

私はビビりな性格なので、特定の未来(AI一強など)に資産の全てを賭ける勇気はありません。 だからこそ、市場が「不純物が混ざっているから」という理由で安値に放置している「信越化学のような複合企業」を好みます。

「AIの恩恵は受けたい。でも、AIがコケた時に死にたくはない」 そんな虫のいい願いを叶えてくれるのは、華やかな専業メーカーではなく、地味で複雑なコングロマリット企業なのです。

「餃子や塩ビが混ざってるくらいが、栄養バランスが良くて丁度いい」 そう思えるかどうかが、割安株投資家とモメンタム投資家の分水嶺なのかもしれません。

ポートフォリオの「AI純度」がゼロなので、NVIDIAを支える日本の黒衣たちを並べてみた。

ポートフォリオの「AI純度」がゼロなので、NVIDIAを支える日本の黒衣たちを並べてみた。

正直に告白します。

私のポートフォリオには、今をときめくAIや半導体関連の銘柄が、ただの一つも入っていません。

連日のようにNVIDIAの最高値更新ニュースが流れてきますが、指をくわえて見ているだけです。

「今から飛びつくのは、あまりに分が悪い賭けだ」

理性のブレーキがそう叫ぶ一方で、

「このまま歴史的な富の移転(ゴールドラッシュ)を傍観していていいのか?」

という焦燥感があるのも事実です。

そこで、少し視点をずらすことにしました。

すでに過熱している採掘者(NVIDIA)そのものではなく、彼らにとって代替不可能な「ツルハシを売っている日本企業」なら、まだ私の規律(バリエーション)でも許容できる銘柄があるのではないか?

今回は、NVIDIAやIntelのサプライチェーンにおける「絶対的な独占企業」6社をピックアップし、その期待値(PER)の差を自分なりに整理した備忘録です。


「独占」のラベルは同じでも、評価は別物

まずは、各社の現在の立ち位置(PER)をざっと並べてみました。「世界シェアが高い」という事実は共通していても、市場からの愛され方には残酷なほどの格差があります。

(※PERは直近の概算値)

銘柄何のシェアが高いかPER (約)私の印象
アドバンテストテスタ (GPU向け)51倍完全にAIバブルの評価
レーザーテック検査装置 (EUV)40倍熱狂的な人気
ディスコ切断・研削装置36倍高嶺の花(プレミアム)
味の素絶縁材 (ABF)30倍食品にしては高い
TOWA封止装置 (HBM)27倍成長期待は乗っている
信越化学工業ウエハ (素材)18倍なぜか冷静(割安)

1. 完璧を織り込む「関所」銘柄たち

レーザーテック (6920) & ディスコ (6146)

この2社は、半導体製造における絶対的な「関所」です。

レーザーテックのEUV検査装置、ディスコの切断・研削装置。ここを通らなければ最先端のチップは作れません。ビジネスモデルとしては完璧、まさに「城」です。

しかし、PER 30倍〜40倍という数字は、製造業としては異常値です。

これは市場が**「彼らは今後、一切のミスを犯さず、期待通りに成長し続ける」**というシナリオを、すでに現在の株価に織り込んでいることを意味します。

企業としては尊敬しますが、投資対象として見ると「完璧が義務付けられた価格」は、私の臆病な胃袋には重すぎます。

アドバンテスト (6857)

さらに上を行くPER 50倍超。

GPU向けテスタで圧倒的とはいえ、これはもはやNVIDIA本体と同等の評価です。数年先の成功まで前借りしている感覚があり、リスク管理の観点からは「手出し無用」のゾーンに見えます。

2. 「不純物」ゆえの割安感

一方で、妙に現実的な評価に留まっているのが以下の銘柄です。

信越化学工業 (4063)

シリコンウエハの世界王者であり、TSMCからも表彰される超優良企業。利益率も30%を超えています。

それなのに、PERは18倍。

おそらく、半導体以外の事業(塩ビなど)が混ざっていることや、「化学メーカー」という地味な分類がディスカウント要因なのでしょう。

しかし、私のようなバリュー投資家にとっては、この「市場の冷めた評価」こそが安全域(マージン・オブ・セーフティ)に見えます。爆発力はないかもしれませんが、大怪我もしにくい水準です。

味の素 (2802)

「餃子の会社」だと思っていたら、実はCPUの絶縁材(ABFフィルム)でシェア100%というテック企業でした。

ただ、PER 30倍というのは食品株としては高く、テック株としては安いという絶妙なライン。ここも事業の複合性が判断を難しくさせています。


結論:今は「監視」という名のリスク回避

一通りリサーチしてみましたが、私の結論は「今はまだ動かない(動けない)」です。

  • 信越化学: 数字は魅力的だが、なぜ市場がこの評価に据え置いているのか、その「リスク要因」の解像度をもっと上げる必要がある。
  • 高PER群(レーザーテック等): 素晴らしい企業だが、今の株価は「期待」という名の空気でパンパンに膨らんでいる。

半導体セクターは技術の陳腐化が速く、勝者の入れ替わりも激しい世界です。「独占だから一生安泰」と決めつけて高値で飛びつけば、火傷では済みません。

今は焦燥感を抑え、市場全体が調整して「期待」が剥落したタイミングを待つこと。

「何も買わずに監視リストを磨くこと」もまた、重要な投資行動の一つだと自分に言い聞かせ、冷静にチャンスを伺おうと思います。

NVIDIAもIntelも頭が上がらない「最強の下請け」。信越化学が握るAIの急所と、私の冷めた計算結果。

NVIDIAもIntelも頭が上がらない「最強の下請け」。信越化学が握るAIの急所と、私の冷めた計算結果。

AIバブルの狂乱が続いています。 NVIDIAの株価が乱高下するたびに、投資家たちの悲鳴と歓声がSNSを埋め尽くす。 正直、私はそのダンスに参加する気にはなれません。あまりにも音楽のテンポが速すぎるからです。

しかし、こうも考えます。 「ゴールドラッシュで一番儲けたのは、金を掘った人間ではなく、ツルハシとジーンズを売った人間だ」

では、現代のAIゴールドラッシュにおいて、「NVIDIAですら頭を下げて買わざるを得ないツルハシ」を売っているのは誰か? リサーチの末にたどり着いたのは、地味で、堅実で、驚くほど高収益な日本の化学メーカー、信越化学工業(4063)でした。

今回は、世界のテック巨人が信越化学に依存せざるを得ない「証拠」と、私が弾いたそろばん(DCF法)の結果を共有します。


1. テック巨人が「あなたじゃなきゃダメだ」と言う証拠

「素材メーカーなんて、どこも一緒でしょ?」 そう思っているなら、認識を改めた方がいいかもしれません。信越化学は、単なるサプライヤーではなく「パートナー」という名のVIP待遇を受けています。

エビデンス①:TSMCからのラブコール

AI半導体の心臓部、NVIDIAのGPUを製造しているのは台湾のTSMCです。 そのTSMCが、毎年「Excellent Performance Award」という賞を発表しているのですが、信越化学はこれの常連です。

投資家の解釈: 「3nmプロセスの微細な回路を焼くためのフォトレジスト(感光材)とウェハは、信越さんの品質じゃないと歩留まりが出ないんです」 TSMCがそう言っているに等しいわけです。つまり、NVIDIAのGPUは、信越化学の素材の上でしか成立しない。これが物理的な現実です。

エビデンス②:Intelも依存する「素材の王様」

自前で工場を持つIntelも同様です。彼らのサプライヤー表彰(EPIC Distinguished Supplier Award)のリストにも、当たり前のように信越化学の名前があります。 IntelのCPUも、信越のウェハなしではただのシリコンの塊です。

エビデンス③:圧倒的なシェアという「独占」

  • シリコンウェハ:世界シェア1位(約30%〜40%)
  • フォトレジスト:トップシェア

半導体を作るための「画用紙(ウェハ)」と「インク(レジスト)」の最高級品を握られている以上、テック企業側に選択権はありません。 「嫌なら他所へどうぞ。ただし、品質は保証しませんが」という無言の圧力が、信越化学の利益率(30%超)を支えているわけです。


2. 「塩ビ」と「半導体」の奇妙な同居

信越化学の面白いところは、最先端の「半導体素材」と、泥臭い「塩ビ(水道管や住宅建材)」という、全く毛色の違う2つの事業を抱えている点です。

  • 塩ビ: 米国の住宅市場やインフラに連動。
  • 半導体: デジタル需要に連動。

一見ちぐはぐに見えますが、投資家としてはこれが心地よい。 「半導体が不況でも、米国の住宅が好調なら稼げる」 「住宅ローン金利が上がって家が売れなくても、AI需要があれば稼げる」

この「どちらに転んでも死なないポートフォリオ」こそが、信越化学の鉄壁の財務(自己資本比率80%超)の源泉です。


3. 計算してみた:今の株価は「買い」なのか?

いくら「良い会社」でも、「良い投資先(割安)」とは限りません。 現在の株価(4,500円)が正当化されるのか、DCF法で冷徹に計算してみました。

【計算の前提:悲観的に見る】 現在は「米国の住宅不況(塩ビ不振)」と「半導体在庫調整」のダブルパンチ状態です。楽観シナリオは排除し、かなり辛めの数字を入れます。

  • 成長率:+3%〜5%(マイルドな回復)
  • 営業利益率:30%→28%へ悪化させる

【計算結果】

  • 事業価値:約 7.1兆円
  • ネットキャッシュ:約 1.6兆円(ものすごい金持ちです)
  • 株主価値:約 8.7兆円

これを株数で割ると…… 理論株価:約 4,400円

【結論】 現在の株価(4,500円)とほぼ一致。 つまり、「適正価格(Fair Value)」です。

残念ながら「バーゲンセール」ではありませんでした。市場は、現在の業績の減速を極めて正確に織り込んでいます。 逆に言えば、これだけの優良企業に「プレミアム(割高感)」が乗っていない、という見方もできます。


4. 総括:退屈だが、枕を高くして眠れる投資先

結論として、信越化学は私のポートフォリオの「守護神」になり得ます。

NVIDIAのような爆発力(と、心臓に悪い値動き)はありません。 しかし、AI革命が続く限り彼らの素材は必要とされ続けるし、仮にAIバブルが弾けても、彼らには「塩ビ」と「莫大なキャッシュ」という防波堤があります。

「適正価格で、世界最強の素材メーカーを持つ」 バリュー投資の父、ベンジャミン・グレアムなら「悪くない取引だ」と言うでしょう。

派手なダンスフロアの隅で、静かにカクテルを傾けるような投資。 今の私には、それくらいが丁度いいのかもしれません。

村田製作所をDCF法で計算して、その「無意味さ」に気づいてしまった話。

村田製作所をDCF法で計算して、その「無意味さ」に気づいてしまった話。

前回の記事では、村田製作所が持つ「技術の堀」について確認しました。 エンジニアとして、彼らの積層セラミックコンデンサ(MLCC)が芸術品に近いことは理解しています。

しかし、投資家としての仕事は「良いものを買うこと」ではなく、「良いものを安く買うこと」です。 そこで今回は、Excelを開いてDCF法(割引現在価値法)という物差しを使い、村田製作所の適正価格を弾き出そうと試みました。

結論から言うと、計算はしました。数字も出ました。 でも、その作業の途中で「俺は台風の進路を定規で測ろうとしているんじゃないか?」という、強烈な虚無感に襲われたのです。

今日はその計算結果と、私が直面した「理屈の限界」についてシェアします。


1. 机上の空論(計算の前提)

まずは、教科書通りに計算してみます。 AIやEVという「希望」と、スマホ市場の飽和やサムスンの猛追という「現実」をミキサーにかけて、以下のような巡航速度を設定しました。

① 売上成長率:年率 +5.0% スマホの台数はもう伸びませんが、AIサーバーやEV向けで単価が上がる(質的成長)と仮定して、まあこれくらいでしょう。

② 営業利益率:18.0% かつてのような「利益率20%超え」を前提にするのは、サムスンがいる以上楽観的すぎます。高付加価値品へシフトして、なんとか18%を死守するシナリオです。

③ 実質キャッシュフロー:利益の50% これが一番痛い。装置産業の宿命として、彼らは競争力を維持するために巨額の設備投資を続けなければなりません。稼いだ金の半分は、次の設備に消えると仮定します。


2. 計算結果:理論株価 2,730円

この前提で、将来5年間のキャッシュフローを積み上げ、割引率(WACC)7.0%で現在価値に割り戻しました。

  • 事業価値:約 4.75兆円
  • ネットキャッシュ:約 0.6兆円
  • 株主価値:約 5.35兆円

これを発行済株式数で割ると…… 理論株価:約 2,730円

現在の株価は3,033円前後(執筆時点)。 つまり、「今の株価は10%ほど割高(期待先行)」という結果が出ました。


3. この計算、意味あるか?

数字だけ見れば、「今は高いから、2,700円まで落ちてくるのを待とう」となります。 これまでの私ならそうしたでしょう。

しかし、計算式のセルを眺めていて、ふと我に返りました。 「半導体業界で、5年先まで年率5%で安定成長する前提なんて、果たして置けるのか?」

DCF法は、コカ・コーラや鉄道会社のような「予測可能な未来」を持つ企業には有効です。 しかし、ここはドッグイヤーのハイテク業界です。

  • もし明日、MLCCを不要にする「シリコンキャパシタ」の革命が起きたら?
  • もしサムスンがシェア奪取のために、利益度外視の価格破壊を仕掛けてきたら?

その瞬間、私の作った精緻なExcelモデルはただの紙屑になります。 変化の激しい戦場において、「安定成長」を前提とした計算機を叩くこと自体が、ある種の傲慢さではないか。そう感じてしまったのです。


4. 結論:安泰な城などない

結局のところ、村田製作所に対する私の評価はこうです。 「モノは最高。でも、安泰な城ではない」

理論株価(2,730円)と現在株価(3,033円)の差額は、市場が抱いている「村田ならなんとかしてくれるだろう」という信仰のプレミアムです。これを払ってでも乗るか、降りるか。

私は一旦、保留にします。 「村田製作所一択」で思考停止するには、このセクターのリスクは高すぎます。

同じリスクを取るなら、電池で覇権を狙うTDKはどうだ? あるいは京セラ? もっと上流の素材メーカーの方が、技術変化の波を被りにくいんじゃないか?

今回の計算で得られた最大の収穫は、「適正株価」という答えではなく、「もっと視野を広げないと火傷するぞ」という警告だったのかもしれません。

比較検討の旅は、もう少し続きそうです。