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月: 2025年11月

リクルート(6098):「完成されたシステム」への違和感。小型不人気株を探す合理的理由

リクルート(6098):「完成されたシステム」への違和感。小型不人気株を探す合理的理由

前の記事では、リクルートホールディングスという巨大企業の構造を分解しました。 結論から申し上げれば、あの企業は「非の打ち所がない」という評価に尽きます。現在の株価水準も、決して割高ではないという試算が出ました。

しかし、私の熱量はそこで底をつきました。 投資家としての「無力感」を覚えてしまったからです。

本日は、リクルートという銘柄をベンチマークに、私が市場に対して抱くスタンスと、あえて茨の道である小型不人気株を選ぶ「工学的な理由」について整理します。

1. 「最適化」されすぎた世界での虚無感

リクルートのような超大型株は、いわば「完成されたシステム」です。 好決算も、新サービスのリリースも、世界中の機関投資家とAIが瞬時に解析し、株価に織り込んでいきます。情報の遅延はほぼゼロに近い。

私が今さら分析をして「買いだ」と判断したところで、それは自分の意思で選んだようでいて、実は巨大なアルゴリズムの一部として処理されているに過ぎないのではないか。 すでに形成された大きなトレンドの中で、私は単なる追随者であり、市場という生態系を回すための交換可能な「養分」に過ぎない。

その感覚が、どうしても拭えませんでした。 完成された美しいシステムには、私が手を加える余地など残されていないのです。

2. ノイズの中に「手触り」を探す

私は、投資においてもう少し「手触り」を求めています。 誰かが敷設した光ファイバーの上を走るのではなく、未開の地にサーバーを立てるような、確かな「主体性」が欲しい。

だからこそ、私は「小型の不人気株」に向き合います。

そこは、機関投資家というメインプレーヤーが参入してこない、リサーチ対象外の領域です。学習データが不足しているため、AIも正確な理論株価を弾き出せない「情報の空白地帯」。解像度が粗い場所とも言えます。

そういったノイズ混じりの場所にこそ、私たち個人投資家の出番があります。 誰にも見向きもされていないけれど、確かに美しいロジックで動いている企業。そこに、自分の頭で考え、リスクというコストを払って資金を投じる。

これは単なるマネーゲームではありません。 資金循環の行き届かない場所にリソースを供給するという、資本市場における「バグ修正(デバッグ)」の一端を担っている感覚。そして、企業価値が見直された時には、初期からの理解者として報われる。

この、企業と個人の間で成立する静かな「Win-Winの関係」こそが、私が投資に求めている設計なのです。

3. 「ロマン」を支える冷徹な勝算

「それは個人の自己満足だろう」という指摘もあるでしょう。 確かにそうです。ですが、私はこれが「経済合理性」にも適う生存戦略だと定義しています。

大型株のような「効率的市場」で、情報量と資金力に勝るプロに勝つのは不可能です。 しかし、小型株のような「非効率な市場」なら話は別です。

機関投資家は、運用資産規模が巨大すぎるゆえに、時価総額の小さい銘柄には物理的に資金を入れられないという「制約」を抱えています。 つまり、ここには構造的な「資金の真空地帯」が存在するのです。

プロが構造上「買えない」フェーズで、先にポジションを構築しておく。 企業が成長し、時価総額というパラメータが大きくなった時、初めてプロたちが買わざるを得なくなる。 その巨大な流動性が後から流入してくるのを待つ。

これが、私が考える「弱者のアービトラージ(裁定取引)」です。 市場の歯車として後から巻き込まれるのではなく、歯車が回り出す前の「最初の入力値」になること。 論理的に考えれば、これほど理にかなったポジションはありません。

不確実性を愛する

もちろん、この戦略が必ず高いリターンに結びつく保証はありません。「万年割安株」として、誰にも発見されないまま終わるリスクも抱えています。再現性は決して高くありません。

それでも私は、すべてがお見通しの世界で養分として生きるより、不確実でも自分の意思で価値を選び取る投資家でありたい。

「主体性」と「合理性」。 この二つを両立させるために、私は今日も、リクルートのような王道ではなく、誰も知らない裏道の銘柄を読み解こうと思います。

さて、四季報のページに戻り、探索を続けるとしましょうか。

リクルート(6098):「例外」なきシステム。米国不況を無効化するロジックと、Microsoftとの邂逅について。

リクルート(6098):「例外」なきシステム。米国不況を無効化するロジックと、Microsoftとの邂逅について。

これまで私はリクルートを、自分の詳細な観測範囲に入れていませんでした。 「人材系の最大手でしょう?」といった程度の認識で、あえて深入りしてこなかった、というのが実情です。

しかし、市場で高いパフォーマンスを上げているいくつかのアクティブファンドのポートフォリオ(組み入れ銘柄)を眺めていた時のことです。あまりにも多くのファンドが、この「リクルート」を主力として採用している事実に気づきました。

「なぜ、プロたちはこぞってこの銘柄を選ぶのか?」 その理由が気になり、この企業のビジネスモデルを解析し、解像度を上げてみることにしました。

すると見えてきたのは、「米国不況という逆風」さえも織り込んで稼ぐ、驚くべきサービスでした。今回は、私がリサーチ中に感じた驚きと発見を共有したいと思います。


1. ノイズか、シグナルか:米国の求人数「激減」の意味

まず、私がリサーチの初期段階で感じた懸念は、「米国景気後退(リセッション)リスク」への脆弱性です。 稼ぎ頭である「Indeed」が米国の労働市場に依存している以上、米国経済が減速すれば、リクルートの業績も深刻なダメージを受けるはずです。

実際、2025年3月期・第2四半期の決算資料という「ログ」を確認すると、懸念は現実のものとなっていました。

  • Indeed上の求人件数: 前年同期比 約 8% 減少

これは看過できない数字です。 コロナ後の特需という「ボーナスタイム」が終了し、企業が採用ポートを閉じ始めている証拠です。 通常のビジネスモデルであれば、販売数量が8%も落ちれば、減収減益は免れません。株価にとっては致命的な欠陥となり得るでしょう。

2. 異常値の検出:なぜ「減収」しないのか

しかし、リクルートが発表したトップライン(売上収益)を見て、私は自分の目を疑いました。

  • HRテクノロジー事業(米国)の売上収益: ドルベースで 約 5.8% の増収

「求人(数量)が減っているのに、売上(金額)が増えている」。 一見すると矛盾するこの現象。そのロジックを紐解くと、強烈なパラメータ調整が行われていることが判明しました。

  • 求人単価: 前年同期比で 約 15% 上昇

リクルートは、求人数の減少分を、掲載単価の引き上げで見事に相殺、いや、それ以上にカバーしていたのです。 「不況下であっても、どうしても人が欲しいのであれば、それ相応の対価を払うべきである」。 この強気なプライシングが市場で承認されてしまう事実。これこそが、リクルートが単なる人材斡旋業者ではなく、市場のルールそのものを支配する「プラットフォーマー」であることの証明です。

日本企業がこの分野で海外で数量減を単価増でねじ伏せる。あまりに美しい、しかし恐ろしいほど冷徹だと感じました。

3. まさか「Microsoft」を調べることになるとは

彼らの「主戦場」は日本ではない

「一体、なぜここまで強気な設定が通るのか?」 その疑問の答えを探すため、私はさらに決算短信を読み、世界の競合他社との比較に入りました。 そこで、さらに大きな認識のズレに直面することになります。

当初、私は日本の人材大手(パーソルやパソナなど)と比較するつもりでした。 私たちは普段、街中で「リクナビ」や「SUUMO」の広告を目にするため、リクルートを「日本のドメスティックな企業」だと思い込みがちです。しかし、直近の売上収益の構成比率を見て愕然としました。

  • 日本国内の売上: 全体の約 1/4
  • 海外(主に米国)の売上: 全体の約 3/4

これがファクトです。 事業の数や種類こそ日本国内の方が多いものの、稼ぐ金額のスケールにおいて、もはや日本はメインストリームではないのです。 「日本の会社が海外進出している」のではなく、「グローバル企業が、たまたま日本に本社を置いている」と定義し直すべきレベルでしょう。

銘柄売上高営業利益率ビジネスモデル
リクルート (6098)約 3.4兆円約 15%前後プラットフォーム
パーソルHD (2181)約 1.3兆円約 4〜5%人材派遣 (労働集約)
パソナ (2168)約 0.4兆円約 4〜5%人材派遣 (労働集約)

この解像度で市場を見渡したとき、比較対象はもはや日本の競合ではありませんでした。 Indeedが戦っている本当の相手は、世界にたった一つ。Microsoftが擁する「LinkedIn」しかなかったのです。

  • Indeed (リクルート): 検索エンジン型。全方位を網羅する「求人のGoogle」。
  • LinkedIn (Microsoft): SNS型。ホワイトカラーやハイクラス層のデータベースを持つ。

米国の中堅競合であるZipRecruiterが赤字転落して脱落していく中、Microsoftと正面から殴り合い、世界シェアを奪い合う。 まさか日本の銘柄を分析していて、Microsoftとシェア争いの話をするとは思わなかった

4. PER30倍でも「調べる価値」はある

これまでの私は「PER20倍以下じゃないと買わない」というバリュー株の基準で見ていました。 しかし、リクルートのような「クオリティが極めて高い企業」には、常にプレミアムがつくのが市場の常識です。

  • 圧倒的なネットワーク効果(堀)
  • テック企業としての高収益体質
  • 不況でも値上げできる価格決定権

これらを加味すれば、PER30倍は「許容範囲」かもしれません。 むしろ、株価が調整している今は、エントリーのタイミングを計る上で絶好のチャンスに見えます。

「高いからパス」と思考停止するのではなく、「このプレミアムを払ってでも、この最強のビジネスモデルを保有する価値があるか?」 そう自問しながら、見ていきたい思います。

信越化学(4063):「最強」だが、あえてこの巨象を見送った「重複リスク」と「限界」の話。

信越化学(4063):「最強」だが、あえてこの巨象を見送った「重複リスク」と「限界」の話。

世界シェアNo.1の製品を複数抱え、AIブームの足元を支える巨人、信越化学工業(4063)。

PER18倍という過去平均から見た割安水準、1.6兆円を超える潤沢なキャッシュ、そして攻めの設備投資。

スペックシートだけを見れば、まさに「完璧な買い場」です。

正直に言えば、私も一度は購入ボタンの上に指を置きました。これほど堅牢な財務と高い技術力を持つ企業には、本能的な敬意を抱いてしまうからです。

しかし、指を止めて冷静に自分のポートフォリオ全体を点検した結果、私は「今回はエントリーしない(見送り)」という結論に至りました。

企業としての「美しさ」は疑いようもありません。

ただ、「素晴らしい企業」が、必ずしも「私のポートフォリオに必要なコンポーネント」とは限らないことに気づいたからです。

今回は、私がこの魅力的な銘柄をあえて外した理由、その「スタンスの問題」について記録します。


1. 「混ぜ物」であるがゆえの、バグの複雑化

信越化学の最大の特徴であり、強みとされているのが「半導体シリコンウエハー」と「塩ビ(化学品)」という2つの巨大な柱です。

通常であれば、片方のセグメントが不調でも、もう片方が補うという「分散処理」が機能するはずです。

しかし、現在のステータスを解析すると、少し違った景色が見えてきます。

現状は、「両方の事業ともマクロ経済(景気)の影響を受けている」状態です。

特に塩ビ事業はコモディティとしての性質が強く、中国企業のダンピングや米国の住宅金利といった、一企業の自助努力では制御不能な外部要因に利益が直撃します。

PER18倍は数字上割安に見えますが、この「マクロ経済というブラックボックスに翻弄されるリスク」を引き受ける対価としては、決して安すぎるわけではない。そう判断しました。

2. そのリスク、もう「インデックス」で取っているのではありませんか?

これが今回、私が投資を見送った最大の理由であり、もっとも大きな気付きでした。

私はコア資産として、S&P500などのインデックスファンドを運用しています。

改めてポートフォリオの設計図を見直してみると、信越化学を買うことで背負うリスクは、すでにインデックス投資で負っているリスクと「丸かぶり」なのです。

  • 米国の金利動向・景気後退リスク S&P500全体ですでに負っている。
  • AI・半導体サイクルの波 構成上位のNVIDIA等の決算ですでに負っている。

すでにインデックスという器で、お腹いっぱいにリスクを取っている状態です。

それなのに、個別株の枠を使ってまで、さらに「米国の住宅着工件数」や「中国のPMI」といったマクロ指標に一喜一憂するポジションを持つ必要があるのか?

「たった1つの銘柄のために、世界のマクロニュースに常時接続し、怯える生活をしたくない」。

このメンタルコストを削減し、システム全体の安定性を保つための「見送り」です。

3. 個人投資家の「解像度」の限界を知る

もう一つは、シクリカル銘柄(景気敏感株)への投資タイミングにおける、再現性の低さです。

信越化学のような銘柄は、「景気が悪い時(今)」に仕込み、「景気が良くなった時」に売るのがセオリーです。

しかし、実際に「景気が良くなった」というニュースや確定的なデータが出た瞬間、株価はそれをミリ秒単位で織り込んで跳ね上がってしまいます。

つまり、利益を出すためには「まだ霧の中で先が見えないうちに、リスクを取って買い向かう」必要があるわけです。

ここで、私は自分の限界を認めざるを得ません。

「中国の需給バランスはいつ改善するのか?」

「米国の利下げは本当に年内に行われるのか?」

プロのアナリストですら読み間違えるこのマクロ予測に、大切なお金を賭けるだけの根拠(エビデンス)を、私は持っていません。

「不確実性が高く、解像度の低いものには手を出さない」というのも、市場で長く生き残るための重要なセキュリティです。


結論:美しいロジックだが、私の「システム」には合わない

以上の理由から、信越化学は今回のリバランスにおいて、私のポートフォリオには組み入れないことにしました。

誤解しないでいただきたいのは、これは「信越化学がダメだ」と言っているわけではない、ということです。

マクロ分析が得意な方や、インデックスを保有していない方にとっては、この水準は非常に魅力的なエントリーポイントになり得るでしょう。

ただ、私のスタンスとしては、以下のような「異常事態」が起きない限り、静観(ウォッチ)を続けます。

【再エントリー条件】

リーマンショック級の暴落が発生し、PERが10倍〜12倍になるような「誰が見てもバグレベルに安すぎる」という水準まで売り込まれること。

「良い企業を見つけること」と「自分のポートフォリオに実装すること」は、全く別のレイヤーの話である。

この線引きができたことが、今回のリサーチにおける最大の収穫でした。

この仮説が正しかったのか、それとも機会損失だったのか。

次の決算という答え合わせを、焦らず待ちたいと思います。

【ネタ】相場が暇すぎるので、物理的に「狼狽売り」を封じる狂気のハックを3つ考案してみた

【ネタ】相場が暇すぎるので、物理的に「狼狽売り」を封じる狂気のハックを3つ考案してみた

11月の相場があまりに「凪(なぎ)」で方向感がないため、投資家として致命的な病にかかりそうです。 すなわち、「退屈」という病です。

人間、暇になるとろくなことをしません。 「なんとなくチャートの形が悪い気がする」とか「X(旧Twitter)で暴落煽りを見た」といったノイズで、大切な長期保有株を売りたくなる衝動に駆られます。

精神論で「我慢」ができるなら、世の中に警察はいりません。 我々サラリーマン投資家に必要なのは、意思の力に頼らず、システム的に(あるいは物理的に)売買を不可能にする「強制ギプス」です。

週末の暇つぶしに、「実行可能だが、実行するには相当な覚悟(と狂気)が必要」な、鉄壁の防御システムを考案してみました。

1. パスワードの「コールド・ストレージ(冷凍保存)」化

仮想通貨の世界には、ネットから切り離した「コールドウォレット」という概念がありますが、これを物理世界で実装します。

  1. 証券口座のパスワードを、自分では絶対に覚えられない「64桁のランダム文字列」に変更する。
  2. それを紙に書き、タッパーに入れ、水を満たす。
  3. 家の冷凍庫の奥底で、カチカチに凍らせる。

【解説】 もし発作的に「売りたい!」と思っても、氷が溶けるまでの数時間は物理的にログインできません。 電子レンジで解凍しようとすれば、中の紙が燃えるリスクがあるため、自然解凍を待つしかない。その数時間の「強制冷却タイム」があれば、たいていの衝動的な売り注文は「まあ、いいか」と鎮火します。

※実行難易度:★★★★☆(家族に「謎の氷」として捨てられるリスクあり)

2. 生体認証に「禅モード(低心拍数)」を実装する

スマートウォッチを持っている人向けのハックです。 IFTTTなどの連携アプリを駆使し、自分にこう定義(プロトコル)を課します。 「心拍数が60bpm以下の時しか、証券アプリを開いてはいけない」

【解説】 株価が急変してパニックになっている時、心拍数は上がります。つまり、「売りたい時ほどログイン権限が剥奪される」という矛盾と利用したシステムです。 ログインするためには、深呼吸をし、瞑想し、完全に悟りを開いた「賢者タイム」に入る必要があります。しかし、そこまで冷静になった人間は、もはや狼狽売りなどしません。

※実行難易度:★★★★★(現代人が日中に心拍数60を切るのは至難の業。ほぼログイン不可能)

3. 情報取得を「新聞(レガシーメディア)」のみにロールバックする

スマホの証券アプリを削除し、株価の確認手段を「翌朝の新聞の株式欄」だけに限定します。

【解説】 これは意図的に「24時間のレイテンシ(遅延)」をシステムに組み込む手法です。 ネットならリアルタイムで株価が見れますが、新聞は「昨日の終値」しか載っていません。「今、暴落してるかも?」と思っても、確認できるのは翌朝。しかもその頃には市場は閉まっています。 情報の鮮度を明治時代レベルまで落とすことで、HFT(超高速取引)アルゴリズムが支配する現代市場から、強制的に自分の身を引き剥がします。

※実行難易度:★★★☆☆(コンビニに新聞を買いに行くのが面倒すぎて、結局株価を見なくなる=勝利)


以上、暇な相場が生み出した妄想ハックでした。

もちろん、これらを本当に実行する必要はありません(家庭崩壊のリスクがあります)。 ただ、「長期投資においては、売買のハードルを上げる(=面倒くさくする)ことが、実は最強の防御策になる」という本質は、あながち冗談でもない気がします。

「そこまでするくらいなら、もう放置でいいや」 そう思えた瞬間、私たちの「勝ち(=市場に居続けること)」は確定するのですから。

株価という「ブラックボックス」を解析する。簡易DCF思考

株価という「ブラックボックス」を解析する。簡易DCF思考

「なぜ信越化学はPER18倍で、レーザーテックは40倍なのか?」 「今のこの株価は、一体どれだけの未来を『先食い』しているのか?」

夜、静まり返った部屋でモニターに並ぶ数字の羅列を眺めていると、ふと、自分が霧の中にいるような心許なさを覚えることがあります。

PERやPBRといった指標は確かに便利です。しかし、これらはあくまで、ある瞬間のスナップショットに過ぎません。企業の成長という、時間の経過と共に変化する「動的なエネルギー」を捉えるには、どうしても解像度が粗いのです。

そんな時、私が自分の正気を保つために立ち返るのが、「簡易DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)」です。

名前こそ仰々しいですが、やることはシンプル。企業の「未来の稼ぎ」を現在の価値に引き直すシミュレーションです。このロジックを回すと、株価というブラックボックスの中身が、驚くほどクリアに――時に残酷なほど鮮明に――見えてきます。

今日は、私が普段行っているこの思考プロセスを共有します。これは正解を導くための講義ではなく、私の頭の中の整理整頓、いわばデフラグ作業のログだと思ってください。

「金のなる木」の仕様を定義する

難しい数式を持ち出すのは私の趣味ではありませんし、変数が多すぎる複雑な計算は、かえって投資判断における「バグ」の温床になります。 私がやりたいのは、要するに「金のなる木」の適正価格を自分の腹に落とす作業です。

ここに2種類の木(システム)があると仮定しましょう。

  • 木A(信越化学タイプ): 毎年確実に100万円の実がなる。スケーラビリティ(拡張性)は緩やかだが、システム基盤が堅牢で、ダウンする気配がない。
  • 木B(レーザーテックタイプ): 今は10万円しか実がならない。だが、来年は20万、再来年は40万……と、指数関数的に処理能力が増える(かもしれない)。

直感だけで値付けをすると、「Aは1,000万円か?」「Bは夢があるから5,000万円でも安いか?」と、どうしてもその時の気分や市場の空気に流されます。 これを感情ではなく、規律あるロジックで計算機に弾かせるのがDCF法です。

構造は極めてシンプル。 企業価値 = (向こう5〜10年で稼ぐ現金の合計) + (今持っている現金) ※ただし、遠い未来のお金ほど不確実なので、「割引率(リスク)」という係数で割り引いて計算する。

エンジニアの性分として、「単純であるほど堅牢である」と考えています。これくらい簡素化したモデルで十分、というのが私の持論です。

2つの銘柄で見える「景色の違い」

では、実際にこのツールを回した時、私にはどう見えているのか。 重要なのは数字そのものではなく、「計算結果と実際の株価のズレ(Error)」です。ここにこそ、市場の心理が透けて見えます。

まずは、信越化学工業 (4063)。 世界シェアNo.1の素材メーカーであり、財務は鉄壁。私にとっての「木A」です。 成長率を年率+4%(安定稼働)、割引率は7%(バグ発生率低め)というシナリオで計算機を叩きます。

弾き出した理論株価は、約4,400円。 対して実際の株価は、4,500円前後(※執筆時点)。

ほぼ一致していますね。 ここから読み取れるのは、市場の「冷静さ」です。「魔法のような急成長は期待していないが、今の不況を織り込んだ上で、スペック通りの評価をしている」というメッセージが聞こえてきます。 割安というわけではありません。しかし、ここにはバブルがない。私が長期保有の基盤としてポートフォリオに組み込む際、この「納得感」は非常に重要です。夜、システムアラートに怯えず眠れる銘柄とはこういうものでしょう。

一方、レーザーテック (6920) はどう映るか。 こちらは世界シェア100%の検査装置を持つ、AI相場のど真ん中。「木B」の代表格です。 成長率は年率+20%(驚異的な高成長)、割引率は9%(ボラティリティを加味してリスク重め)と、かなり強気なパラメーターを設定してみます。

弾き出した理論株価は、約15,000円。 しかし実際の株価は、22,000円前後

私の計算機が弾き出した数字より、30%以上も高い値がついています。

誤解しないでいただきたいのは、「だからレーザーテックは暴落する」と言いたいわけではない、ということです。 ただ、市場はこの銘柄に対し、年率20%程度の成長では満足していないという事実が浮かび上がります。「年率30%〜40%の成長が、向こう5年以上続く」という、とてつもないストーリーを現在の株価に織り込んでいるのです。

私にとって、これは投資というより、その超・高成長シナリオに対する「ベット(賭け)」に近い。 もし成長率が20%に”鈍化”しただけで、株価は期待剥落により調整を余儀なくされるでしょう。その再現性の低いリスクを負ってまで参加するか? 私の「能力の輪」と相談した結果、答えはNoです。

「逆算」こそが真骨頂

このように、私がDCF法を使うのは、正確な株価を予言するためではありません。 「今の株価をつけている市場参加者が、何を考えているか」を逆算(リバースエンジニアリング)するために使っています。

信越化学の株価は、投資家の「納得」で構成されている。 レーザーテックの株価は、投資家の「熱狂」で構成されている。

この構造が見えれば、あとは自分のスタンスを決めるだけです。 自分の計算結果より株価が安ければ、「市場がバグっている(チャンス)」かもしれない。逆に高ければ、「市場が仕様外の期待をしている(リスク)」かもしれない。

数字は嘘をつきませんが、数字を扱う人間は感情で動きます。

「この会社、今後5年でどれくらい稼ぐだろうか?」 そう想像しながら電卓を叩く時間は、市場の喧騒から離れ、自分自身の規律を取り戻すための儀式のようなものなのかもしれません。