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月: 2025年11月

【読書録】『超配当』株投資から学ぶ、インカム派とキャピタル派の「最適解」。なぜ投資に「コピペ」は通用しないのか

【読書録】『超配当』株投資から学ぶ、インカム派とキャピタル派の「最適解」。なぜ投資に「コピペ」は通用しないのか

王道の裏にある「構造的な違い」

先日、ベストセラーとなっている『半オートモードで月に23.5万円が入ってくる「超配当」株投資』を読みました。

「暴落時、株価が本来の価値よりも下がった時に冷静に仕込む」 「人気化し、割高になった銘柄には手を出さない」

著者の語るアプローチは、私が(僭越ながら…)実践している「割安成長株投資」と驚くほど似ており、基本に忠実な王道のバリュー投資です。 しかし、読み進める中で、ある種の違和感というか、「手法は似ているが、その裏側にある『前提条件』が決定的に違う」という事実にハッとさせられました。

私は「割安成長株」を選好する投資家ですが、著者が狙うのは「連続増配株」。 具体的な銘柄への評価プロセスを追体験することで、「同じ『割安で買う』という行為でも、目指すゴール(仕様)が違えば、これほど評価軸が変わるのか」という違いが鮮明になり、株式投資に対する解像度が一段上がった感覚がありました。

今回は、この本を通じて再確認できた「配当派(インカム)」と「成長派(キャピタル)」の違い、そして「万人に共通する正解はない」という事実についてまとめます。


1. 共通点:「安くなるまで待つ」という規律

まず、著者と私(割安株投資家)の間で完全に一致しているルールがあります。それは「逆張り」の思想です。

  • 著者のスタンス: 配当利回りが歴史的な高水準になるまで(株価が下がるまで)待つ。
  • 私のスタンス: PERやDCF法で算出した理論株価を下回るまで(株価が下がるまで)待つ。

どちらも、市場が悲観的なエラーを起こしている時に買い向かうスタイルです。 「高値掴みを避ける」「安全域(Margin of Safety)を確保する」というリスク管理の思想は、流派を超えた投資における普遍的な真理(コア・ロジック)だと言えるでしょう。


2. 相違点:「利益確定」のタイミングをどう設計するか

しかし、「何を『良し』とするか」の基準において、私と著者ではシステム設計が分かれます。

配当派のレンズ(本書の視点)

著者が重視するのは、「累進配当(減配しないこと)」と「高い利回り」です。 これは、企業が得た利益を、定期的に「現金」として投資家へアウトプットすることを重視する戦略です。 だからこそ、三菱商事や三井住友FGのような、成熟した「還元重視」の企業がポートフォリオの主役になります。キャッシュフローが可視化されるため、生活の質(QOL)に直結しやすい設計です。

成長派のレンズ(私の視点)

一方、私が重視するのは「再投資による複利効果」です。 配当として外部に出すくらいなら、その現金を事業へ再投資し、企業価値そのものを雪だるま式に増やしてほしいと考えます。

  • リクルート (6098): 配当は少ないが、Indeedなどの事業へ再投資し、年率15%以上で成長機能を強化している。
  • 信越化学 (4063): 巨額の工場投資をキャッシュで即断する「攻め」の姿勢を持っている。

私にとっての「良い銘柄」とは、今の配当が高い銘柄ではなく、「私(投資家)が運用するよりも、経営者が再投資した方が高いパフォーマンスを出せる銘柄」なのです。

雪だるまを作る時、途中で雪を削り取る(配当)か、削らずに転がし続ける(再投資)か。


自分だけの「変数」を定義するしかない

この本は、資産形成のゴールを「配当生活」に見据えた場合、非常に再現性の高い優れた設計です。

理論上だけで言えば、配当を受け取るたびに税金(約20%)が発生するため、複利効率は落ちます。しかし、人間は理論だけで生きているわけではありません。 「今使えるお金が増える」という安心感や、それを消費に回す喜びは、数字には表れない重要なメリットです。この「心理的な効用」を優先し、あえて税金を払ってでも確定利益を受け取ることは、合理的な選択の一つです。

  • 配当派: 税コストを払ってでも、現在のキャッシュフローと安心感を得る。
  • 成長派: 現在の楽しみを先送りし、税の繰り延べ効果による資産最大化を目指す。

結局のところ、どちらが優れているかという単純な比較ではなく、「自分は何を優先したいのか(どのパラメータを重視するか)」というトレードオフの問題に行き着きます。おすすめにでてくる銘柄コードをコピペするだけで解決するものではない。

そう考えると、万人に共通する「おすすめ銘柄」など存在しません。 私たちは、他人の成功事例を参考にしつつも、最終的には自分の人生設計に合わせて自分で判断するという、「思考するプロセス」からは逃れられないのだと、改めて痛感しました。

私も最適解を探す旅を、これからも淡々と続けていきたいと思います。


【紹介した書籍】 『半オートモードで月に23.5万円が入ってくる「超配当」株投資 日経平均リターンを3.86%上回った“割安買い”の極意』 (長期株式投資・著 / KADOKAWA)

2025年11月運用実績:「割安是正」の兆しか、一時的なノイズか。冷静な目で見るプラス引け

2025年11月運用実績:「割安是正」の兆しか、一時的なノイズか。冷静な目で見るプラス引け

2025年11月の取引が終了しました。

今月のマーケットを振り返ると、実に「ノイズ」が多かった1ヶ月でした。

高市政権下の外交リスクや米国の対中規制強化といった外部環境の変化に、市場は過敏に反応しました。特に、日経平均株価が4%以上も急落する一方で、TOPIXはプラス圏を維持したという「ねじれ」は、相場の方向感のなさを象徴しています。

結果のログ(運用成績)を確認すると、市場の混乱を回避し、運良く「無傷」で通過することができました。

1. ベンチマーク比較:ハイテク安の「嵐」を避けて

まずは、市場全体と私のポートフォリオのパフォーマンス比較です。

指標11月騰落率備考
きりしまPF+2.39%推定値(加重平均)
参考:TOPIX+1.39%全体的に底堅い
参考:日経平均-4.29%半導体・ハイテク株が重荷

日経平均がマイナス4.29%と調整する中、TOPIXはプラス1.39%で着地。そしてポートフォリオは、主力株の上昇に助けられ、TOPIXを上回るプラス2.39%となりました。

ただ、これは戦略の勝利というよりは、私の保有株に「ハイテク・半導体関連がほとんど入っていなかった」という、ポートフォリオの偏りが幸いした結果に過ぎません。

2. ポートフォリオ詳細:「価値」への回帰が始まったのか?(ハイスペックな願望)

今月の確定データに基づく、ポートフォリオの構成と騰落率は以下の通りです。

コード銘柄名セクター構成比率11月騰落率
1343NF J-REITREIT31.75%+2.25%
8985J・ホテル・リートREIT20.94%-4.06%
7683ダブルエー小売業14.35%+3.62%
3349コスモス薬品小売業12.95%+8.82%
4732USSサービス業9.06%+2.24%
2303ドーン情報・通信4.19%+1.78%
33827&iHD小売業3.72%+8.47%
3835eBASE情報・通信3.05%-2.73%

今月、パフォーマンスを牽引したのはコスモス薬品やセブン&アイHDでした。どちらも、大きく売られた反動による自律的な反発(リバウンド)の側面が強いでしょう。

一方で、堅調だったダブルエー・USS・ドーンの動きを見ていると、ふと一つの仮説が頭をよぎります。

「市場がようやく、放置されていた『割安な価値』を織り込み(是正し)始めたのではないか?」

これまでハイテク株の熱狂に隠れて見過ごされてきた「地味だが稼ぐ力のある企業」に、ようやくスポットライトが当たり始めた。

……この上昇に投資家っぽい説明らしいことができます。

しかしながら、これは私の「ハイスペックな願望」が混じったバイアスが入ってます。単なる一時的な資金シフト(セクターローテーション)で終わる可能性も十分にあります。

だからこそ、ここで「読み通りだ」と浮かれるのではなく、「そうした兆候があるかもしれない」程度に留め、冷静さを保つことが重要だと感じています。

3. 今月のメンテナンス:ノイズを拾い、種を蒔く

今月は、株価の変動に合わせていくつかのメンテナンス(売買)を行いました。記事もリンクします。

まず、大きく値を下げたジャパン・ホテル・リート(8985)を買い増しました。 下落の要因は政治的な発言等の「外部ノイズ」であり、ホテルの稼働率という「内部スペック」に劣化は見られないという見立て。半分ぐらいは株価としては戻ってきています。

また、ダブルエー(7683)も買い増しています。 こちらは純粋な投資判断というより、「株主優待(靴の引換券)」を目的とした家族総出の作戦です。妻や子供の口座も活用して分散保有することで、世帯全体でのメリット最大化(最適化)を図っています。

さらに、決算後に軟調なeBASE(3835)も、押し目と判断して少しずつ拾っています。

これだけ買い向かう姿勢を見せていますが、ここでボトルネックとなるのが、毎度おなじみの「キャッシュ不足(Out of Cash)」です。 これら3銘柄を拾うので手一杯で、信越化学工業などは指をくわえて見送るしかありませんでした。

買いたい時に弾がない。このもどかしさはサラリーマン投資家の「仕様」ですが、12月のボーナスまでは我慢の運用を続けるしかありません。

95%の自制と、5%の安堵

総括すると、今月は「荒れる相場の中で、運良く資産が守られた」という結果になりました。

この結果に対する私の心境は、喜びよりも「安堵」に近いものです。

  • 「たまたま風向きが良かっただけ。来月には逆風になるかもしれない」という強い自制心が95%。
  • 「それでも、市場が荒れる中で資産を減らさずに済んだ」というささやかな安堵が5%。

もし本当に「割安是正」のトレンドが来ているのなら嬉しいことですが、市場は常にブラックボックスです。

この「5%の安堵」を胸にしまいつつ、残りの95%の冷静さで、慢心することなく来月の相場に向き合いたいと思います。

まずはキャッシュポジションの回復を待ちつつ、今のポートフォリオを大切にメンテナンスしていきます。

USS (4732):盤石な財務の「奥」に潜む、見えない次元の成長コード

USS (4732):盤石な財務の「奥」に潜む、見えない次元の成長コード

投資において最も知的な興奮を覚えるのは、決算書の「完璧な数字」を確認した時ではなく、その数字を作っている「構造の秘密」に触れた時です。

USS(4732)という企業。 市場のコンセンサスは、あくまで「国内の中古車を、国内で回す高収益企業」という「可視化された次元」に留まっています。 「人口減少で国内市場は成熟した」という前提だけで見れば、PER20倍前後の評価は妥当なラインに見えるかもしれません。

しかし、公開されている「USSデータブック2025」をエンジニア的な視点でデバッグしていくと、そこには表向きの財務数値とは別の、「見えない次元」が駆動している可能性が浮かび上がってきます。

今回は、圧倒的な財務データを確認しつつ、その裏側で機能している「隠れた成長レイヤー」について考察します。

1. 「表」の強さ:バグのない完璧な財務スコア

まず、投資家として無視できないのが、USSが叩き出している「異常」とも言える財務パフォーマンスです。ここが投資の前提(ベースライン)となります。

  • 圧倒的なシェア: 国内オートオークション市場でのシェアは約40%。2位以下を大きく引き離す「一強」状態です。
  • 驚異の利益率: 営業利益率は40%台後半(2024年3月期実績)。製造業では考えられない、プラットフォーマーならではの高収益体質です。
  • 鉄壁の財務: 自己資本比率は80%に迫る水準。借入金に依存しない、極めてクリーンなバランスシートを持っています。

これだけでも十分に「買い」の理由は立ちますが、市場はこう反論します。 「確かに財務は美しい。しかし、国内のパイ(保有台数)が減る以上、これ以上のスケーラビリティ(拡張性)はないのではないか?」

この「正論」に対する私なりの回答が、次に述べる「データの行間」にあります。

2. 「裏」の変数:157万台の輸出を支えるもの

データブックには、財務省貿易統計として「年間157万台の中古車輸出」という数字が引用されています。 私が注目したのは、この巨大なトラフィックの「発生源」です。

日本の公道を走っていた車が、年間157万台も海外へ渡っている。 では、この膨大な車両は一体どこで調達され、どこでマッチングされているのでしょうか?

個々の買取店が、アフリカのバイヤーやロシアの仲介業者と個別に取引をしているとは考えにくい。これほど多種多様なスペック(車種、年式、状態)の需要と供給を結合させるには、「巨大なバックエンド・システム」が不可欠です。

ここで、USSの取扱台数(年間出品約300万台規模)というデータを重ね合わせると、ある構造が見えてきます。 公式に明言こそされていませんが、「日本の輸出市場というシステムは、USSというデータベースを経由しなければ、止まってしまうのではないか」という構造的な推論です。

3. 「意図せざるプラットフォーム」としての機能

市場はUSSを「国内オークション会場」と定義しています。 しかし、この「157万台」という出力を支えるインフラとしてUSSを捉え直すと、全く異なる景色が広がります。

輸出業者は、世界中のオーダーに応えるため、USSという巨大なプールにアクセスせざるを得ない。つまり、USSは「世界と日本を繋ぐインターフェース(接続点)」として機能してしまっているのです。

このアーキテクチャの凄まじい点は、リスクは徹底的に外部化(アウトソーシング)しているにもかかわらず、「海外市場の拡大」というメリットだけは、しっかりと自社の利益として取り込めている点です。

これをシステム設計の観点から見ると、非常に堅牢なアーキテクチャになっています。

  • 輸出業者(クライアント): 為替や規制、輸送といった「外部リスク」を負って処理を実行する。
  • USS(サーバー): リスクを負わず、安定した「接続環境」を提供するだけで手数料を得る。

世界の新興国でモータリゼーションが進み、日本車の需要が増えれば増えるほど、輸出業者はUSSで必死に車を買い付けます。 結果として、USSは「通貨リスクも輸出リスクも一切取っていないのに、グローバル経済の成長恩恵だけをフル享受できる」という、いわば「バグ技」に近い最強のポジションを確立しているのです。

この「リスク遮断」と「利益接続」の巧みな分離こそが、営業利益率40%超という驚異的な数字の正体であり、私がこの銘柄を買える理由の一つとなっています。

テキストには書かれない「余白」を読む

もちろん、これは決算説明会で語られるような公式見解ではありません。 しかし、データブックの数字と市場構造を論理的に繋ぎ合わせると、「国内循環の会社」という既存の評価軸だけでは説明がつかない「余白」が存在します。

  • 「盤石な財務」という守りの盾。
  • 「世界への接続」という攻めの矛。

この両方を兼ね備えていると仮定すれば、現在の株価水準に対する評価は大きく変わるはずです。

市場が目に見える「国内の減速」を懸念している間に、データの奥にある「見えない次元」に目を凝らしてみる。 そういった「仮説の答え合わせ」を静かに楽しむのも、長期投資家ならではの知的な遊戯(ゲーム)ではないでしょうか。


参照ソース: USS Databook 2025 (PDF)

コタ(4923):信号機より多い「27万店」の美容院パラドックス。数字から滲み出る「生々しい」話

コタ(4923):信号機より多い「27万店」の美容院パラドックス。数字から滲み出る「生々しい」話

「日本の人口という変数は減っているのに、美容室というオブジェクトは増え続けている。このシステムの挙動は正常か?」

エンジニアとしてモニター上の数値を追っていると、ふとそんな疑問が湧きます。 しかし、そのデータの裏側——いわばソースコードの深層を想像したとき、そこには単なる需給ギャップでは説明のつかない、人間ならではの「熱量」と「悲哀」が書き込まれていることに気づきました。

今回は、コタ(4923)という企業を題材に、私の仮説(むしろ妄想)を交えつつ、投資分析の面白さについて少し語らせてください。

1. 「27万」という異常値(外れ値)

まず、ファクトの確認です。厚生労働省のデータによると、美容室の数は約27万4,000軒。 これは、社会の制御システムである「信号機(約20万機)」よりも多い数字です。

システム設計の定石で言えば、明らかに無駄に多すぎる状態です。 帝国データバンクが示す「過去最多の倒産」は、市場というシステムが強制的に最適化を行っているエラー処理の結果とも言えるでしょう。

これだけ見れば、投資対象としては「バグ(リスク)だらけの環境」です。 しかし、なぜかその中で、コタの業績グラフだけが、極めて安定した波形を描き続けています。

2. 営業担当という「泥臭いインターフェース」

なぜコタだけが、この過酷な環境でエラーを起こさないのか。 財務諸表というログを読み解くと、彼らの営業担当者が担っている役割の「重さ」が見えてきます。

彼らは単に商品を納品するデリバリー係ではありません。 独立という夢を抱え、しかし経営のリテラシーが未実装なまま荒波に出たオーナーに対し、「生存するためのロジック」をインストールする役割を担っています。

これは、想像以上に「生臭い」現場のはずです。

  • 「夢だけではキャッシュは回りませんよ」という冷徹な指摘。
  • 明日の売上に怯えるオーナーとの、膝を突き合わせた対話。
  • 廃業していく店を看取ってきた、数え切れないほどの記憶。

コタの営業担当は、こうした「現場のノイズ(感情や不安)」を正面から受け止め、それを経営数値という「秩序」に変換しようと日々、汗をかいている。 そう考えると、彼らのビジネスモデルは、極めてアナログで高負荷な「人間力」によって支えられていることが分かります。

3. データから伝わる「芯の強さ」

もちろん、ここまで書いたことは、外部の投資家である私の「妄想」の域を出ないかもしれません。 実際に現場を見たわけではありませんから。

しかし、コタの高い自己資本比率や、長期で維持されている利益率といった「数字」を見ていると、どうしてもそう思わざるを得ないのです。 現場で相当な熱量を持ったやり取りが行われていなければ、これほど美しい数値が継続的に出力されるはずがない、と。

表面上の数字はクールですが、そのバックエンドでは、コタの社員と美容師たちが、生き残りをかけて必死にシステムを回している。 そんな「芯のある商売」の気配が、決算書の端々から伝わってくるのです。

投資分析は「人間の業」に触れること

今回は「買い」や「売り」といった単純なシグナルの話ではありません。

一見すると不合理に見える市場でも、そこには「独立したい」という人間の業(ごう)があり、それを支えようとする企業の「覚悟」がある。 そうした人間ドラマが、最終的に「株価」や「業績」という数字に集約されていく。

コタという銘柄を通じて、そのプロセスを想像できたことは、私にとって非常に興味深く、学びのある体験でした。 たまにはモニターの数字から離れ、その向こう側にある「人の営み」に想いを馳せてみるのも、投資家の密かな楽しみ方なのかもしれません。


【参照データソース】

炭酸水メーカーの「冬眠」とサンクコスト。我が家の設備投資が失敗した「物理的レイテンシ」の話

炭酸水メーカーの「冬眠」とサンクコスト。我が家の設備投資が失敗した「物理的レイテンシ」の話

常々「損切りの重要性」や「資本効率(ROE)の最大化」といった、いかにも投資家らしい講釈をたれています。 しかし、画面の中のロジックと、現実世界の生活。この二つの間には、往々にして乖離が生まれるものです。

今の私の自宅キッチンには、稼働率が限りなくゼロに低下し、完全な「冬眠モード」に入っている設備投資案件が存在します。 かつてあれほど我が家のQOLを押し上げてくれた、炭酸水メーカーです。

需要予測の甘さと、季節性という変数

導入当初、私はこのデバイスに対して極めて楽観的なROI(投資対効果)を試算していました。 「夏はハイボール、冬もリフレッシュに。通年稼働させれば、ペットボトルの購入コストをペイできる」 そう判断し、自信を持って導入したのです。

しかし、冬の到来とともに、私の計算式に致命的なバグが見つかりました。 「極寒のキッチンで、キンキンに冷えた炭酸水を欲する身体的必然性がない」という、あまりに生理的な変数を見落としていたのです。

現在の私の飲料ポートフォリオにおいて、主力銘柄となっているのは何か。 あろうことか、「電子レンジで温めただけの水(白湯)」です。 原価はほぼゼロ、身体も温まる。この圧倒的なコストパフォーマンスと実益の前に、冷たい炭酸水の需要は完全に蒸発しました。 冬の相場環境を読み違えた、典型的なミスエントリーと言えるでしょう。

物流コストという構造的欠陥

さらに、この「自家製炭酸水事業」には、運用フェーズに入って初めて判明した構造的なボトルネックがありました。 ガスシリンダーの交換における物理的なレイテンシの問題です。

ガスが枯渇するたびに、重量のあるシリンダーを家電量販店のカウンターまで持ち込む必要がある。この「物流コスト」が、寒さという環境要因と相まって、私の行動力を著しく低下させます。 ガスの残量が低下し、注入圧力が弱まる現象──エンジニア的に言えばスループットの低下──を検知しても、寒空の下へ出向くコストを天秤にかけると、どうしても身体が動きません。

「今日は白湯でいい」 この安易な解決策への逃避により、私の炭酸水事業はあえなく操業停止(シャットダウン)へと追い込まれました。

共同出資者(妻)との暗黙の合意

週末、埃をかぶったマシンを妻が拭いている背中を見かけました。 「これ……最近、動いてないね」

妻の言葉は、決して「廃棄(損切り)」を迫るものではありません。彼女は物を大切にする、非常に保守的な学資保険の運用を好むタイプです。「まだ機能不全(故障)を起こしていない資産を、除籍するのは忍びない」という彼女の美学は、痛いほど理解できます。

私は自身の貧乏性、いや、投資判断の遅れをごまかすように答えました。 「冬という季節性の問題だから。夏になれば、また流動性が戻るはずだ」

妻は「そうだね、もったいないしね」と頷き、マシンをキッチンのデッドスペースへと静かにリ配置しました。 妻の「物を慈しむ心」と、私の「損失を確定させたくないサンクコストへの執着」。 この二つが奇妙な形で握手し、現状維持という名の「塩漬け」が承認された瞬間です。

「保有」という名の思考停止

結局、炭酸水メーカーは今もキッチンの隅に鎮座しています。 「いつか稼働する(値上がりする)かもしれない」という淡い期待。 「まだ使えるのに捨てる(売る)のは損失だ」という現状維持バイアス。

これは、投資の世界で我々が最も忌み嫌うはずの「塩漬け株」の心理構造と、驚くほど一致しています。 暴落したわけでも、企業自体が破綻したわけでもない。ただ、期待収益を生まないまま、ポートフォリオの一部を占有し続けている状態。

我が家の炭酸水メーカーは、春という外部環境の変化(カタリスト)を待ちながら、静かに含み損を抱えて時を過ごすことになるでしょう。

皆様のポートフォリオ、あるいはクローゼットの中にも、「売る(捨てる)決定打はないが、期待値も剥落している銘柄」が眠ってはいないでしょうか。 それらを目にした時、「人間である以上、常に合理的であることは難しい」と、自分自身のバグを許容してあげるのも、長く相場(人生)を生き抜くコツなのかもしれません。

この「冬眠戦略」。 次の決算発表──つまり、暖かくなる春の到来を、今は静かに待ちたいと思います。