本業IT、副業投資家。世界が「コード」と「数字」で見え始めた私の、少し疲れる幸福論
普段はIT系の仕事をしながら、ポートフォリオのサテライト枠で個別株投資を楽しんでいます。
最近、村田製作所の技術的な「堀」を調べたり、信越化学のキャッシュフローを計算したりと、少し深い分析にハマっていたのですが、ふと気づいたことがあります。
それは、「私の中で、世界の見え方が不可逆的に変わってしまった」ということです。
今日は分析の手を休めて、投資を始めてから感じるようになった「喜び」と、ほんの少しの「息苦しさ」について書いてみます。
1. 「仕組み」が見える快感
もともとITエンジニアとして働いているので、新しいWEBサービスやアプリを見ると「裏側の仕組み(アーキテクチャ)」を想像する癖はありました。「これ、AWSかな? データベースの設計どうなってるんだろう?」といった具合です。
しかし、本格的に個別株投資を始めてからは、そこに「お金の設計図(ビジネスモデル)」というレイヤーが重なるようになりました。
- 以前の私(エンジニア視点): 「このSaaS、UIがサクサク動いて凄いな。技術力高いな」
- 今の私(投資家視点): 「技術は凄いけど、この機能で月額この値段は安すぎないか? サーバー代と開発費を回収するのに何年かかる? CAC(顧客獲得コスト)に見合ってるのか?」
技術的な「How」だけでなく、ビジネスとしての「Why」が同時に見える。 世の中のサービスが、どんなロジックで成り立ち、どこで利益を生んでいるのか。その「世界のソースコード」が読めるようになった感覚は、間違いなく私の人生の解像度を上げてくれました。
これは、自分が成長できたという純粋な「喜び」です。
2. 「純粋な消費者」に戻れない切なさ
一方で、この変化には副作用もありました。 それは、「何をしていても気が休まらない」ということです。
先日、家族とショッピングモールに出かけた時のことです。 以前なら、ただ楽しく買い物をして、美味しいものを食べてリフレッシュしていたはずでした。しかし、今の私の脳内は勝手にバックグラウンド処理を始めてしまいます。
- 妻が化粧品を見ている横で、「このブランドの原価率は低いだろうな。インバウンド需要が戻れば、このテナントの売上は…」と計算してしまう。
- フードコートで行列を見れば、「客単価1,000円、回転率、人件費…このオペレーションなら利益率は〇%くらいか。優秀だな」と評価してしまう。
- 子供が欲しがるオモチャを見て、「このIP(知的財産)を持っている企業の株価、最近どうだったっけ?」とスマホを取り出してしまう。
ふと我に返った時、少し寂しくなるのです。「ああ、私はもう二度と、何も考えずに『これ欲しい!』『美味しい!』とだけ感じる、純粋な消費者には戻れないのかもしれない」と。
常に頭のどこかで、電卓を叩いている自分がいる。 本業の仕事が終わっても、投資家としての脳は24時間365日、アイドリングを続けている。 それは、世界が面白くなった代償として支払った、私の「安息」なのかもしれません。
3. それでも、この世界は面白い
「気が休まらない」と書きましたが、後悔しているかと言われれば、答えはNOです。
スーパーに並ぶ野菜の値段からインフレの波を感じたり、街ゆく人の服装から流行の移り変わり(とアパレル企業の株価)を予測したり。 そうやって社会と自分の資産がリンクしている感覚は、何にも代えがたい知的興奮を与えてくれます。
ITの知識で「技術」を理解し、投資の知識で「価値」を測る。 この二つの武器を手に入れたことで、私の日常は以前よりも少し騒がしく、そして圧倒的に色彩豊かになりました。
まあ、たまには強制的にスイッチを切って、何も考えずにコーラでも飲んでボケーっとする時間も必要かもしれませんね。 (「コカ・コーラの営業利益率は…」と考え出しそうになるのを、必死に抑え込みながら)。