信越ポリマー(7970)の「ソースコード」を読む。バリュートラップか、それとも親会社のEPSを押し上げる「打ち出の小槌」か?
以前の記事では、東証改革テーマ株として、信越ポリマー(7970)の完全子会社化(TOB)にかかるコストを試算しました。
結論として、買収には1,000億円以上の現金が必要になりますが、親会社である信越化学工業は手元に約1.4兆円もの現金(キャッシュ)を保有しており、財務的には十分に実行可能であることを確認しました。
しかし、エンジニアとして投資判断を下す前に、一つだけ厳重に警戒しなければならないエラーがあります。
それは「バリュートラップ(割安なまま死んでいく株)」です。
2025年のポートフォリオで、「低PBR・PER」というだけで買った銘柄でも、結局は株価が上がらずに終ってしまっている銘柄もあります。なのでこれについては、しっかり考えて結論を出したいところです。
しかし、今回のケースにはそれらとは決定的に異なる東証の「テーマ性」が存在します。
今回は、DCF法による絶対評価と、競合他社との相対評価(Diff)を駆使し、信越ポリマー(7970)が「なぜディスカウントされているのか?」、そして「親会社にとってこの買収どのような会計処理(打ち出の小槌)になり得るのか」をデバッグします。
事業セグメントのコードレビュー:何で稼いでいるのか?
まずは、信越ポリマーがバリュートラップ(斜陽産業)なのかを確認します。売上構成を分解すると、単なる「下請け」ではない強みが見えてきます。
① 電子デバイス事業(半導体ウエハー容器)
- シリコンウエハーを運ぶための容器(FOUPなど)の製造。
- ここが「親会社(信越化学)とのハードリンク」部分です。
- 親会社が世界シェアNo.1である以上、その容器を作るポリマーも、世界最高水準の技術(清潔度)を要求され続けています。

調べてみると、こんなシリコンウエハーの入れ物が1個10万円近くするようです。
② 精密成形品事業(自動車・OA)
- 自動車のスイッチ類、タッチパネルなど。
- かつてはOA(プリンター等)が主力でしたが、数年前から「車載」へリファクタリング(構造改革)を進めてきました。
「期待値のバグ」をデバッグする(DCF分析)
次に、現在の株価が何を織り込んでいるかを計算します。この辞典でTOBが織り込まれてプレミアムが載っているのかが最も気になっていました。
計算モデルのパラメータ設定
- フリーキャッシュフロー (FCF):約80億円/年
- 割引率 (WACC):6.0%
現在の株価をリバースエンジニアリングする
「今の時価総額1,654億円は、どのような未来を前提に値付けされているのか?」を解析します。何度か似たような計算をやってますが、現在価値を出すのではなく式変形して織り込まれているであろう割合を出します。
Python
# DCF簡易モデルによる期待成長率の逆算
# 時価総額(1,654億) - ネットキャッシュ(約550億と仮定) = 事業価値(約1,100億)
EV = 1100
FCF = 80
WACC = 0.06
# 成長率 g = WACC - (FCF / EV)
implied_growth_rate = WACC - (FCF / EV)
print(f"市場が織り込んでいる成長率: {implied_growth_rate:.2%}")
【計算結果】市場の期待値はマイナス?
市場が織り込んでいる成長率 ≒ -1.2%
現在の株価は、「今後、信越ポリマーの事業は毎年マイナス成長(縮小)する」という極めて悲観的なシナリオを前提としています。TOB期待はおろか、成長を織り込みきれていません。
相対評価(Diff)で見つける「論理矛盾」
「安すぎる」ということは、何か致命的な欠陥があるのかもしれません。
そこで、競合他社および親会社とのDiff(差分)を取って確認します。
① 横の比較:競合「ミライアル (4238)」とのDiff
同じ「ウエハー容器」を作る独立系メーカーとの比較です。
| 指標 | 信越ポリマー (7970) | ミライアル (4238) | 判定 |
| 予想PER | 13〜15倍 | 14〜16倍 | ほぼ同等 |
| PBR | 1.0〜1.2倍 | 0.8〜1.0倍 | ポリマーがやや高い |
| 強み | 親会社の商流 (30%) | 完全な独立性 | ポリマーが有利 |
バリュエーションはほぼ同水準です。しかし、信越ポリマーには「信越化学グループ」という圧倒的な顧客基盤があります。独立系のミライアルと同程度の評価というのは、その「バックボーンの強さ」が過小評価されています。
② 縦の比較:親会社「信越化学 (4063)」とのDiff
ここが最も重要な「論理矛盾」の発見ポイントです。
| 指標 | 信越ポリマー (子) | 信越化学 (親) | 倍率 (親/子) |
| 予想PER | 13〜15倍 | 18〜20倍 | 親が高い |
| PBR | 1.0〜1.2倍 | 2.1〜2.3倍 | 親が圧倒的に高い |
| 成長期待 | ゼロ成長 | 高成長 | 矛盾あり |
「信越化学がウエハーを増産して成長する(親の成長)」ならば、物理的に「そのウエハーを入れる容器も、同じ数だけ必要になる(子の成長)」はずです。
親だけが高成長で、子がゼロ成長。このギャップの正体は、事業の実態ではなく「親子上場ディスカウント」というペナルティです。プレミアムが評価されていたとしても限定的とみるもう一つの理由です。
親会社「信越化学」にとっての会計マジックと、「のれん」という技術的負債
最後に、視点を「買う側(親会社)」に移してみましょう。 前回の試算では買収に1,000億円以上かかりますが、親会社には約1.4兆円ものキャッシュがあります。
「1,000億円も出して子会社を買うのは損ではないか?」 この問いに対し、BS(貸借対照表)とPL(損益計算書)の動きをシミュレーションすると、「メリット」と「リスク」のシビアなトレードオフが見えてきます。
PL(損益計算書)への影響:EPSは確実に上がる(メリット)
現在、信越ポリマーの利益の約47%は、外部株主(少数株主)に流出しています。 100%子会社化すると、この流出が止まり、ポリマーの純利益を100%親会社が取り込めるようになります。 手元の余った現金を活用するだけで、リスクを負わずにEPSを押し上げる(Accretiveな)取引になる点では、非常に魅力的です。
BS(貸借対照表)への影響:「のれん」発生のリスク
一方で、バランスシートには問題が発生します。 買収コストとして約1,000億円の現金が出ていきますが、対価として手に入る「信越ポリマー株(非支配持分)」の帳簿上の価値(純資産)は、せいぜい500億円程度に留まる可能性が高いです。
その差額(プレミアム分)は「のれん」として資産計上されますが、もし将来ポリマーの業績が悪化すれば、この「のれん」は減損処理され、巨額の損失バグとして親会社の利益を直撃します。
「この『会計上のリスク(のれん)』を背負い込む必要があるのか?」 超堅実経営で知られる信越化学の経営陣にとって、この点はTOBを決断する上での判断ポイント(障壁)になってもおかしくありません。
この「アイデア」をどう実装するか
- 信越ポリマー
- 事業は成長領域だが、株価は「マイナス成長」を織り込んだレベルに割安な価格。東証改革という「追い風」と配当を背に、その「歪み」が修正されるのを待てるか。
- 信越化学
- 子会社を買収すれば、BSを痛めずにEPSを上げられる「打ち出の小槌」を持っている状態。
こう整理すると、子会社の爆発力を狙うのも面白いですが、「信越化学(親)を買う」というのも合理的な選択肢として浮上します。親会社は、買収を実行しても、しなくても、どちらに転んでも得をする立場にいるからです。
もちろん、これはあくまで机上の計算(シミュレーション)であり、実際に経営陣がどう判断するかは未知数です。
「親を買うか、子を買うか、あるいは両方を持つか、あるいはリスクを重く見て見送るか」
このジレンマこそが、2026年の投資における最も知的で楽しい悩みかもしれません。自分ももう少し悩みます。
あ、むしろ「現金がない」という切実感ですか。みんな、なんで現金ほいほい持っているんでしょうか。庭にでも落ちてるんでしょうか…