なぜ企業は「優待クロス」を容認するのか?ザ・パック(3950)に見る、プライム上場維持と投資家の”持ちつ持たれつ”の関係。
12月に入り、株主優待クロスの在庫争奪戦が始まっています。 証券会社もこの取引をシステム的にサポートしていますが、ふとエンジニア的な疑問が湧きます。
「長期保有ではないクロス取引勢に対し、なぜ企業はコストをかけて優待を配り続けるのか?」
その答えを探っていくと、そこには「企業側にも明確なメリット(必要性)がある」という、資本市場の合理的な実態が見えてきました。
今回は、12月の人気銘柄ザ・パック(3950)を例に、プライム市場の看板を守るために成立している、企業と投資家の「持ちつ持たれつ(相互補完)」の関係について考察します。
ザ・パック(3950)の「高還元」な仕組み
ザ・パックは、デパートの紙袋や段ボールを作る、国内トップシェアの堅実なBtoB企業(東証プライム)です。 しかし、BtoBの堅実な製造業ゆえに、「一般消費者への知名度が低い」という課題を持っています。
そこで導入されているのが、個人投資家にとって非常に魅力的な還元策です。
【ザ・パックの利回り構造(概算)】
- 株価: 約 4,000円
- 配当金: 1株あたり 120円(予想)
- 配当利回り: 約 3.0%
- 株主優待: クオカード 1,000円分(100株保有時)
- 優待利回り: 約 0.25%
配当だけでも十分高水準ですが、ここに「クオカード(現金同等物)」が上乗せされるのがポイントです。 クロス取引勢からすれば、手数料(数百円)を払うだけで、この「0.25%分の利益」を確実に手に入れられるため、多くの投資家がこの銘柄に注目することになります。
今回のリサーチ:「800人の壁」の検証
東証プライム市場に残留するためには、いくつかの基準をクリアする必要があります。「流通株式時価総額」なども重要ですが、今回は特に「株主数」の基準に絞ってリサーチしました。
- プライム上場維持基準(株主数): 800人 以上
ザ・パックの現在の株主数は約1.5万人ですが、もしここで「優待廃止」を行えばどうなるでしょうか。
過去のデータが示す「離脱リスク」
M&Aキャピタルパートナーズの事例(有価証券報告書データ)では、優待廃止後に株主数が劇的に減少しました。
- 廃止前(2022年): 26,840名
- 廃止後(2023年): 8,806名
わずか1年で3分の1に激減しています。 もしザ・パックで同じことが起きれば、株主数は数千人レベルまで落ち込みます。安心ではなくなりますね。
さらに懸念されるのは、「誰も見向きもしなくなり、流動性が低下すること」です。 企業にとって、優待コストは「プライム上場の看板と、健全な流動性を維持するための『必要経費』」として、合理的な判断となっている可能性が生じています。
「持ちつ持たれつ」のドライな関係
ここで、投資家と企業の間に、ある種の合理的な均衡が成立します。
- クロス取引勢(投資家): リスクを抑えて、実利(クオカード)を得たい。
- 企業(経営陣): 多くの投資家に株主名簿に載ってもらい、プライム基準を盤石にしたい。あわよくば、優待をきっかけに知名度を上げたい。
企業側も、本音では「長期保有のファン」が欲しいはずです。しかし、地味なBtoB企業が数千社のライバルの中で埋没せずに注目を集めるためには、まず「優待という入り口」を広く開けておく必要があります。
クロス取引勢は、その入り口に活気をもたらし、流動性を提供する「市場の参加者」として機能しているのです。流動性の大切さを語りだすとこれまた長くなってしまうですが、投資家の短期売買による流動性の提供も企業にはプラスになります。
バグではなく、日本特有の「仕様」である
こうして見ると、優待クロスがなくならないのは、もはや制度のバグではなく「日本市場特有の奇妙な仕様(Specification)」と言えるかもしれません。
本来、上場企業は「事業の成長」及び「配当・自社株買い」で株主を惹きつけるべきです。 しかし現実には、クオカードで株主数というKPIをハック(操作)できてしまう。 この歪んだ構造が放置されていること自体、東証の制度設計の甘さであり、いずれメスが入ってもおかしくない領域だと感じます。
最後に、投資家としてこの「歪み」をどう扱うかは、また別の議論です。
- 制度の欠陥を嘆いて距離を置くか。
- 「今そこにある利益」として、淡々と拾いに行くか。
そこに正解はなく、あるのは「ご自身の投資スタンス」だけです。
優待で個人株主数を手っ取り早く増やせる構造があり、経営陣もそれをベターな選択として認識しています。となれば、優待に魅力を感じられる個人投資家としてはこの歪みが是正される(優待廃止トレンドが加速する)までは、利用するのが合理的とは言えると思います。
私は企業の生存戦略を尊重しつつ、「この奇妙な持ちつ持たれつの関係」を冷静に観察し続けたいと思います。