【書評】メディアの「薄っぺらなアメリカ崩壊論」に飽きた方へ。レイ・ダリオ『世界秩序』が突きつける「文明の寿命」と「資産没収」のリアリティ。

【書評】メディアの「薄っぺらなアメリカ崩壊論」に飽きた方へ。レイ・ダリオ『世界秩序』が突きつける「文明の寿命」と「資産没収」のリアリティ。

レイ・ダリオの著書、『THE CHANGING WORLK ORDER』(『世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか』)をようやく読み終えました。 まず言わせてください。物理的に重い。鈍器になりそうです。枕にしたら高すぎるくらいの分厚さです。そして、本のお値段4,400円の至高(今年度最高額)。

しかし、読み終えた今なら分かります。 「国家の盛衰」なんていう巨大なテーマを語るには、最低でもこれだけの厚み(データと歴史)が必要なんだ、ということが。

最近、テレビやネットで評論家たちが「もうアメリカは終わった」「次は中国だ」と声高に叫んでいるのをよく見かけます。私はあの論調がどうも好きになれません。歴史の重みを無視して、今の現象だけで不安を煽る言葉が「上滑り」しているように感じるからです。

今回は、この「物理的な重量」に圧倒されながら感じた、メディアへの違和感と、本書が突きつける「文明の寿命」「資産防衛」の強烈なリアリティについて書き留めておきます。

1. 時間軸を広げると見えてくる「文明の寿命」

この本の白眉は、過去500年以上にわたるオランダ、イギリス、アメリカという覇権国家の興亡を「ビッグ・サイクル」という枠組みで可視化している点です。

私たちはつい「今のアメリカの強さ」が永遠に続くような錯覚に陥りがちです。 しかし、時間軸を数百年単位に広げてみると、どの覇権国も同じようなカーブを描いて「寿命」を迎えることが分かります。

  1. 教育と技術で生産性が向上し、競争力がつく。
  2. 世界の貿易センターとなり、基軸通貨の地位を得る。
  3. やがて人件費が高騰し、格差が拡大し、借金が増える。
  4. 最後は内部対立と外部からの挑戦によって覇権を失う。

今の米国社会の分断や借金漬けの状況が、かつてのオランダやイギリスが通った「いつか来た道」そのものであるという指摘には、背筋が寒くなるような説得力がありました。

2. 通貨の増刷と「資産没収」というリアリティ

特に投資家として衝撃を受けたのが、国家が衰退期に入った時の「お金」の扱いについてです。

借金が膨らみ、経済が回らなくなった国家がやることは、歴史上決まっています。「富裕層への増税」と「紙幣の大量増刷」です。今の米国(そして日本も)がまさにそうですが、お金を刷り続けることでしか国家システムを維持できないフェーズに入っています。

そして著者は、過去の事例からさらに踏み込んだ警告をしています。 それは、いよいよ国が追い詰められた時、「金(ゴールド)のような強い資産すら、国家に取り上げられる可能性がある」という事実です(かつて米国が金の保有を禁止したように)。

「強い資産を持っていれば安心」という単純な話ではなく、国家権力によるルール変更(没収や極端な課税)というリスクまで織り込まなければならない。このリアリティは、薄っぺらいニュース解説では絶対に得られない視点でした。

3. 中国の台頭と、生きている間の「シナリオ」

著者は、現在のサイクルにおいて「昇る太陽」として中国を高く評価しています。 データを見れば確かにその通りなのですが、個人的には「自分が生きている間に、本当にそこまでの完全な覇権交代が起こるのか?」については、正直まだ判断がつかないところです。

ただ、明日すぐにアメリカが終わるわけではないにせよ、「今のアメリカの覇権は、盤石ではない」という前提で世界を見渡せるようになったのは大きな収穫でした。

4. 「誰かの受け売り」ではなく「自分の知識」にする価値

結果として、「アメリカの覇権は盤石ではない」という結論自体は、テレビの評論家と同じかもしれません。 しかし、たった数分のコメントで聞いた話と、この「鈍器」のような本と格闘して得た納得感とでは、その価値は天と地ほど違います。

メディアが騒ぐ「表面的な現象」ではなく、その裏にある「歴史の必然」を自分で掴み取れたこと。 この本を読んで痛感したのは、「真実は、常に重厚な歴史の中にある」ということです。

ファストな情報が溢れる時代だからこそ、これからはこういう時間と物理的な重量を伴った「古典」と呼ばれるような本を、しっかりと読み込んでいきたい。そう思わせてくれるだけのパワーが、この一冊にはありました。


■今回紹介した一冊

『世界秩序の変化に対処するための原則 置かれた状況とリスクを読み解く』 (レイ・ダリオ 著 / 日本経済新聞出版)

正直、値段も安くはないですし、カバンに入れて持ち歩くには重すぎます(笑)。 ですが、今後10年、20年と続く激動の時代を生き抜くため、本棚に一冊置いておく価値は間違いなくあります。

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