「解散すれば儲かる」というファンタジー。NTT(9432)・KDDI(9433)・京セラ(6971)のBSから、PBRの正体をデバッグする。
今日はこれまでずっとやってきたPER(収益性)の話ではなく、PBR(株価純資産倍率)の話です。
投資の世界には、まことしやかに語られる「解散価値の神話」というものがあります。
「PBRが0.5倍なら、会社を丸ごと買って解散させて、資産を売り払えば倍になって返ってくる!」
…わかります。この説明、すごくキャッチーですよね。
「1,000円入った財布が、なぜか500円で売られている」みたいな例え話は、直感的で面白いし、エモい。
でも、エンジニアとして冷静に実装(現実)を考えると、これはバグだらけのファンタジーでしかありません。
「解散すれば」という仮定は現実離れしています。
今回は、NTT(9432)、KDDI(9433)、京セラ(6971)の最新のBS(貸借対照表)をソースコードとして読み込み、資産の中身を横並びで比較することで、PBRという数字の正体を暴いてみます。
1. 「解散すれば儲かる」は、実装不可能な仕様書
まず、このファンタジーがいかに現実離れしているか。
- 権限エラー(Permission Denied):たかが数株持っているだけの個人投資家に、経営陣へ「解散しろ( sudo rm -rf / )」と命じる権限はありません。
- 目的の不一致:仮に資金潤沢なアクティビストファンドが来たとしても、彼らが欲しいのは「余剰現金(キャッシュ)」の放出であって、工場や設備を売り払って従業員を解雇して会社を畳むまでの手間をかける気はありません。
「理論上は儲かるけど、解散は実行環境(現実社会)ではエラーで止まる」。
それが解散価値の正体です。面白い思考実験ですが、これだけを投資の根拠にするにはあまりに脆弱です。
2. データで見る「資産の質」の違い
では、PBRが高い企業と低い企業、その「資産の中身」はどう違うのか?
3社の主要な資産項目を、ざっくりとした規模感(2024年直近決算ベース)で横並びにしてみました。
| 項目 | NTT (9432) | KDDI (9433) | 京セラ (6971) |
| PBR(評価) | 約1.42倍 | 約2.11倍 | 約0.94倍 |
| 現金及び預金 | 約0.9兆円 | 約0.4兆円 | 約0.4兆円 |
| 有形固定資産 (稼ぐマシン) | 約11.3兆円 | 約2.7兆円 | 約0.4兆円 |
| 投資有価証券 (誰かの株) | 約1.5兆円 | 約0.6兆円 | 約1.7兆円 |
| 資産の特徴 | インフラの塊 | 高効率インフラ | 株の塊 |
稼ぐマシンを持つ強さ:NTTとKDDI
NTTとKDDIのPBRが1倍を超えている理由。それは、資産の大半が「有形固定資産(通信ケーブル、基地局、局舎)」だからです。
投資家はこの11兆円(NTT)の設備を「解散して鉄くずとして売りたい」わけではありません。
この設備が、寝ていても24時間チャリンチャリンとお金を生み出し続けるシステム(Money Machine)としてフル稼働していることを評価しているのです。
「資産=稼ぐためのエンジン」として機能しているため、帳簿価格以上のプレミア(PBR 1倍超)がつきます。
死に金を持つ弱さ:京セラの苦悩
一方で、PBR1倍割れの京セラを見てください。
資産の中で異様に大きいのが「投資有価証券(約1.7兆円)」です。
この正体は、主にKDDIの株です。
京セラは、KDDIの筆頭株主として巨額の株を持っています。
しかし市場はこう見ます。
「お前ら、本業(セラミック)で稼ぐためにその資産を使ってるわけじゃなくて、ただKDDI株をホールドしてるだけ(死に金)じゃん」
自社の事業に投資してリターンを生んでいるわけではない。ただ持っているだけ。
これを投資家は「資産の死蔵(メモリリーク)」とみなします。だから、「解散すれば儲かる」ほどの資産があっても、評価(PBR)は1倍を割れるのです。
3. PBRの実体は「精神安定剤」に過ぎない
こうしてデータ比較をすると、PBRという指標の、なんとも皮肉な正体が見えてきます。
- 本質的な価値ではない:PBRが低いからといって、すぐに儲かるわけではありません(京セラのように、ただ株を持っているだけのケースも多い)。
- 機能は「精神安定剤」:暴落時に「まあ、最悪の場合でもこれだけの資産(KDDI株とか)があるんだから、紙切れにはならないだろう」と自分に言い聞かせ、握力を維持するための心理的アンカー。
- 機能は「政治的圧力」:「PBR1倍割れは恥ずかしい」という風潮を利用し、経営陣に「自社株買いしろ」「資産を活用しろ」とプレッシャーをかけるための攻撃用パラメータ。政府、東証、アクティビストたちが御用達。
来年は「NTT」の”アップデート”に期待する
「解散すれば儲かる」という甘いファンタジーに騙されてはいけません。
私が来年、NTT (9432) の購入を検討している理由は、PBRが低いからではありません。
彼らが持つのは約11兆円もの巨大な「有形固定資産」であること。さらに、IOWN構想やAIデータセンター需要によって、「さらに効率よく稼ぐマシン」へとアップデートされようとしているからです。
PBRを見る時は、数字の低さではなく、その内訳を見てください。
- その資産は、汗をかいて稼いでいるか?(有形固定資産リッチ)
- それとも、倉庫で眠っているだけか?(投資有価証券リッチ)
この「資産の稼働率」へのこだわりこそが、バリュートラップを避け、本当に価値ある銘柄を見抜くためのデバッグ手法になると信じています。